WhirlWind

君へ

John


ハロー。親愛なるソシオパス。僕のフレンド。
君に手紙を送る。これは君が言うところの書き置きに近いものだ。それでも綴らずにはいられなかった。いつか君がこれを読んで笑ってくれることを僕は願っている。
ブログにも書けなかったこと。君が連れてきた眩しい日々の、かけがえのない記憶を。(01夜明け)

僕は忘れていたんだ。腕を振って脚を思いきり動かすこと。限界を訴える心臓、気管。息をするのがこんなに苦しくて楽しいだなんて。
あの時君がくれたのは動く足だけじゃなかった。それは未来。
僕は君の背中を追いながら、君が向かう先を見たいと思った。君が紡ぎ出す答えに僕も辿り着きたいと。(02走る)

君が見る世界は僕には想像もつかないものだった。
懐から取り出したそれを、仮に僕が覗いたところで、僕が君と同じものを見つけることはできないだろう。
でも僕は、薄い硝子越しに君が突き止めた事実を君の口から聞くことでどうしようもなく高揚した。
僕は君を通して未知の世界を覗き見た。(03ルーペ)

君は、221Bに君臨する理不尽な王様だった。いや我儘な12歳児そのものだった。
つまり僕は君に勝てなかった。正しく言えば勝つことを諦めた。
勘違いしないでほしい。君の勝手を許したわけじゃない。
僕は僕で、自分の好きにするって決めた。それでいいんだってわかった。君の同居人として。(04権力)

君との思い出について言えば、正直文句を並べた方が早い。
最初も酷かった。意外だったのは、不躾なくせに…口も態度も悪いくせに、君の仕草は洗練されて目を惹くってこと。
下手くそなウィンクだって去り際の鮮やかさと相俟って強烈に焼きついた。
あれが忘れられないなんて僕もどうかしてる。(05好印象)

実際、あの頃の僕はまだわかっていなかったんだよな。シャーロック。君がどんなに子供っぽくて横暴で、そして純粋な人間かってこと。
わかってるつもりでわかっていなかった。頭も口もよく回るくせに、時々途方にくれた目で僕を見たっけ。
君に心がないなんてどうして一瞬でも思えたんだろう。(06間違い)

夜空の向こうには途方もない数の星が存在している。君はそれを綺麗だと言った。地動説を知らない君は、それでも星の美しさは知っていた。
だから僕は思ったんだよな。これは面倒で面白いぞって。
どんな果ての神秘より、今横に立ってる男の中身の方が、よっぽど不思議と興奮に満ちていることに。(07宇宙)

空虚を、無為を君は嫌ったけど、君が抱くほどの焦燥はないにしても、やっぱり僕もいつも何かを求めてざわつく心をもて余してた。
そういう意味では僕らは実によく似てた。子供の頃に出会っていなくて、 僕が良識ある大人で良かったよ。
多分僕ら、部屋の壁をずたずたにしていたんじゃないかな。(08退屈)

最も僕と君の間には決定的な問題が幾つか存在していて、とりわけ冷蔵庫の必需品の補充と消費に関しては終ぞ歩みよりが叶わなかった。今更の話だ。
ただ君が熱心に世話していた細菌達に使用する分の幾らかでも君が栄養を摂取してくれたらとは思っていたな。
それ以上の身長は必要ないとしても。(09ミルク)

全てが黒に塗りつぶされて、何も目にうつらないように見えても、君にとってはそうじゃなかった。
目を凝らした君がそこに真実を見つけ、口から言葉を紡いだ時、僕が立っていた場所は実は光差す空間で、僕は何を見ようともせずただ目を閉じていただけなのだと、一体何度思い知らされたことだろう。(10闇)

君は概ね人を不快にさせる天才だったけれど、それでも同居を解消する気にはならなかった。
いつだったかな、僕がこっぴどく振られて帰ってきた深夜。君はまだ起きていて、無言でコートを脱ぐ僕に言ったっけ。
「ジョン、コーヒー」
酷いやつだ。でも僕はそれですっかり気が抜けてしまったんだよ。(11安心)

君にとっては事件が主食で、欠かすことのできないエネルギーだった。それも好き嫌いばかりのグルメ志向。最上級のものでなきゃ、君の脳は満足しない。
貪りつくすほどの勢いで、目の前にある謎を咀嚼しては飲み込む。
不思議な話、パンや肉を食らっているときより、よほど君は人間めいて見えた。(12食べる)

自分の求める結果を手にするまではどんなことでもやったよな。それが友達を騙すことだって。
普通友達で実験したりはしない、普通はね。
あぁ、でも。嘘がバレた時の君の様子は結構見物だった。僕にやたら気を遣ってどぎまぎしていた。
結局全ては元通り。…忌々しくも憎みきれない記憶だ。(13忘れない)

君のもたらす毎日は、僕がこれまでに体験してきたどんな日々より遥かに刺激的で彩りに満ちていた。
その一方で、僕は君と暖炉の前で過ごす何気ない時間だって嫌いじゃなかった。
君には砂糖2つ、僕はブラックの珈琲が入ったマグを二人抱えて。
時に下らない話をして、時に会話もなく座っていたな。(14日常)

何にでも首を突っ込んで人を詮索してみせる君だったけど、意外にも僕のプライバシーを尊重していた。
君なりにだけど。
時折疼く痛みを僕のうめきを君は見てみぬ振りをした。
君の分かりにくい気遣いに、ほんの少しの君との距離に、どれだけ助けられていたか僕はもっと君に伝えるんだった。(15知らんぷり)

君の目は高機能スキャンに似ていて、対象物を一瞥し、あるいは観察して、ありとあらゆる情報を拾い上げてしまう。
それは君の頭脳と結び付いて、瞬く間に一つのアンサーを導き出す。
その脳内で描き出される推理の軌跡はきっとどんな幾何学模様より精緻で美しいものであるのに違いなかった。(16チェック)

考えてみると僕らが出会ったのって事故のようなものだ。
運命だとは思わない。偶然の産物。
ただ、君は待っていた。そして僕もまた変化を望んでた。
どちらがどちらをひっかけたのか、それはわからないけれど、これだけは言える。
君と出会えたから、僕はここに、このロンドンの街で呼吸をしている。(17罠)


あれだけ鮮やかに輝いてた毎日は、今は死んだようになって、乏しい光が差し込む冬の日の夕暮れのような日々を僕は生きている。
あの日、泣き出したみたいな曇天の空の下、君が落ちたあの瞬間から、僕の心臓が刻む時の流れは酷く遅い。
明度と彩度の落ちた世界は、君を欠いたまま回り続ける。(18斜陽)

それでも感謝しているんだ。本当は腹が立つし悔しくもある。
けれど、どれだけの絶望や悲しみを感じても、僕の世界が闇に閉ざされることはない。
君の痕跡はむかつくくらいあちこちに残っているから、このロンドンの街で僕はどうにか生きている。
君がくれたこの足で。引きずりながらでも前に進んでいける。
繰り返し君のことを思い出しながら。いつだって、伝えたい言葉は1つだけだ。(19ありがとう)

君は、とても人間らしい人だった。君は、君は。
どれだけの言葉を連ねても、僕の貧困な言葉では君を永遠に表現することはできないだろう。
それでも伝えたかった。君がどんなに天才的で、それでいて人間臭いやつか、声を大にして叫びたい。これまでもこれからも。
今、ただはっきりと言えるのは君は僕のかけがえのない友人だってこと。
世界唯一のコンサルタント探偵。僕の親友。
信じている。これまでも今もこれからも、僕は君を信じている。
だから、どうか奇跡を。 無を有に。死を生に変えてみせろよ、シャーロック。
奇跡を起こしてみろ。僕は君に借りがあるんだ。君がいなきゃ返せない。
僕はその日を待っている。いつか出会える日まで。

「Good-bye,Sherlock」

君と再びこの街を駆ける夢を、僕は見ている。(20君)


- end -


2012/12
松ムラさん(pixivID:1649511)のシャーロック20のお題より。最後の20以外は、ツイッターの140字縛りでした。

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