WhirlWind

泣いたシャーロックの話

Sherlock & John


 ジョンは呆気に取られて、固まっていた。
 目の前の男の、両眼に嵌った薄い青から、ぼろぼろと大粒の涙が零れている。目元も鼻も真っ赤に腫れ上がっていて、そのどちらもから水分が流れ出ていた。
 シャーロックが息を吸うたびに、ずずずっという音が鳴る。
 まさか、泣き出すなんてなぁとジョンは遠い目をして先ほどのことを思い出した。
 ジョンがつまずいて、フラットの階段を転がり落ちた。三階の自室を出たところ、足を滑らせて上から下まで一直線に。その場面をたまたまリビングからキッチンに移動しようとしていたシャーロックが見た。音が大きかった割りには目立つ怪我もなかったし、幾らか打ち身を作った程度で本当に大したことではなかったのだ。
 が、シャーロックはごろごろと落ちてきたジョンを凍り付いたように出迎えた。とっさに駆け寄ることもせず、まさに固まったという状態で自分を見下ろしたシャーロックの顔は、未だに忘れられない。
 普段なら冷静に対応できたのだろうが、生憎とシャーロックはこのところ退屈のあまりに神経が過敏になっており、精神状態がいつも以上に不安定だった。そんな矢先の「事件」に、どうも彼の身体の方が仰天してしまったらしい。見開いた目から、ぼたぼたと涙が零れて何筋も頬を伝う。
 思ってもみなかったフラットメイトの反応にジョンも動揺した。シャーロックは涙を流しながら立ちつくし、ジョンは座り込んだまま呆けたようにシャーロックを見上げることになった。
 悪いことをしたと妙な反省をしつつ、ひとまず立ち上がったジョンは思わずしみじみと洩らした。
「君って、泣き顔が汚いんだなあ…」
 とりあえずポケットに入れていたハンカチを取り出して差し出してやる。そこに思い切り鼻水を噛みながら、シャーロックがぐすぐすと鼻を啜りながら言い返す。
「ジョン、言うに事欠いて汚いとはどういうことだ…っ」
「ごめん。いや、あんまり不細工な顔だから」
 演技では、あんなに綺麗に泣いてみせるのに。片目から一筋だけ零した、煌めくような涙の軌跡をぼんやり思い出す。今の目の前の姿には、犯人や被害者の前で演出してみせた同情誘う悲哀の欠片すら見あたらない。
 ただただ、顔を紅潮させ、涙と鼻水にまみれたぐしゃぐしゃの顔があるだけだ。
「ああ、くそっ…っ、止まらない…っ、ひっ、う」
「え、ちょ、おい、大丈夫か!?」
 しゃっくりまで上げ始めたのに、慌てて背中をさする。いよいよ収集がつかなくなってきたらしい。
「みっともないなぁ…」
「黙れっ、ジョンっ!誰のせいだ!くそ…だから、っ、いやなんだっ!」
 まさか、スクールに就学する前の児童のような泣き方をするなんて、知らなかった。悪かったよと謝りつつ、それでも笑いだけは堪えられずに背中を震わせたのをあっさり看破されて怒鳴られる。
 とはいえ、どうしようもなくこの男が可愛いと思ってしまったのもまた事実なのだった。


- end -


2012/12
気分転換にSSS。シャーロックのマジ泣き顔は絶対不細工に違いないという勝手な妄想。

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