WhirlWind

愛情証明

Sherlock & John


「人は愛する者のためなら何でもする。家族や友人、恋人のために時に全てを投げ打つという。ところで僕と君との間に愛は成り立つのだろうか」

 カウチに転がり、新聞を手にしていたシャーロックの唐突な言葉に、椅子に座ってラップトップを使っていたジョンは、手を止めてフラットメイトの顔を見た。

「何だいきなり。変な物でも読んだ? っていうか食べた?」
「食べてない。いいから質問に答えろ」
「この会話に既に愛がないよな。まあ、いいけど。あのさぁ、何でもしてやるのが、愛だって思うなよ。何を読んだんだか知らないけど」

 それだけを言って再び指を動かし始める。その反応の薄さにシャーロックは密かにがっかりし、半ば意地になってしつこく食い下がった。

「じゃあ、君は僕を愛してないのか」
「あぁーはいはい。愛してるよ、シャーロック」
「それは、そこまで適当かつ乱暴な言い方をするものなのか?」
「…一体何なんだよ、さっきから。うるさいぞ」

 あっさり一蹴され、シャーロックはつまらんとふて腐れた。読んでいた新聞を放り投げ、先ほどまで見ていた記事を睨みつける。タブロイド紙が取り上げるものは、やはりありきたりで陳腐だ。少なくともジョンには応用できない。どうせ分かっていたことだけれど。

「まあいい。コーヒーを入れてくれ、ジョン」

 かすかな苛立ちを抱えてそう要求すれば、返ってきたのは直球の拒絶だった。

「断る」

 ラップトップから顔も上げずに放たれた容赦のない一言に、シャーロックは口を尖らせた。

「そうか。君は僕を愛してないんだな」
 ――僕の願いを聞いてくれないなんて…!

 両腕を広げ、まるで戯曲の主人公のように、殊更大仰に嘆いて見せる。その台詞と仕草に、ジョンはようやっと顔を上げ、呆れて果てたと言わんばかりの眼差しをシャーロックに寄越した。

「シャーロック、本当に何をインプットしたんだ?」

そう問われ、寝転がったまま放り投げた新聞記事を指さす。首を伸ばし、そこに書かれたタイトルを見て取って、ジョンはしみじみ呟いた。

「つまり、君は今すごく暇なんだな。よく分かったよ」

 溜め息を吐きながらの一言をシャーロックは無視した。だが、ジョンは続けて言った。

「だから言っただろ。全部を許すばかりが愛じゃないんだ」

 ――シャーロックは一瞬目を見開き、ついで固まった。それから眉根を寄せて首を傾げ、もう一度ジョンを見ると、深い青の眼差しが、正面からシャーロックを捉えていた。
ジョンの薄い唇が開き、そこから零れ出た音が、シャーロックの鼓膜を震わせる。

「僕は君のために全部を許しはしない。全部をくれてやったりはしないからな、シャーロック」

 歌うような軽い口調。けれど語る眼差しはひどく真摯なもので、シャーロックは目を瞬かせる。黙り込んだシャーロックに、ジョンは首を傾げた。

「僕の言いたいこと分かる?」
「――大体は」
「それは良かった。じゃあコーヒーを入れてくれよ、シャーロック」

 たまにはさ、とジョンがにやりと唇を吊り上げる。彼がたまに浮かべる人の悪い笑みだ。
僕を愛してるっていうなら、ほら、などと笑いながら言うので、結果的に言質を取られたシャーロックは憮然として鼻を鳴らした。

「君は性格が悪いな」
「君ほどじゃないよ。…仕方ないな、君の砂糖二つは僕が入れてやる」

 それって愛だろ? とジョンは言うと、ラップトップを閉じて椅子から立ち上がる。キッチンに向かう後ろ姿を、シャーロックは暫し呆気に取られて見つめていたが、やがてふっと口端を吊り上げると、食えないフラットメイトにコーヒーを入れるべく、カウチから起きあがった。

 ――僕らの愛のかたち。


- end -


2012/05/05
>2012年秋ペーパー再録。

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