「なあ、これ、投げられないかな」
「はあ?」
盾を構えていた親友が呟いた声にバッキー・バーンズは素っ頓狂な声を洩らした。だが、相手はバッキーの声に構うことなく、いや気づくこともなく思案気に盾を見つめている。盾を掴んだ左腕を持ち上げて、また下ろしながらスティーブは一人満足げに頷いた。
「うん、いい感じだ。軽いし、こう構えれば飛ばせそうだ」
「お前、何いってんだ?」
軽く昼食を終え、それぞれが休憩を取っているときだった。
バッキーが椅子に座って自分の銃の手入れをしている横で、スティーブも座り込んで新しい盾を確認していた。ハワード・スタークのところでもらってきたという盾は、まだ調整も塗装もされていないただの銀色に輝く円盤だったが、スティーブは随分とそれを気に入ったらしく、何かにつけては持ち出して訓練に使用していた。なんでもヴィブラニウムとかいう希少金属で出来ていて、あらゆる衝撃を吸収するのだという。バッキーからすれば、今までスティーブが使っていたらしい木製の盾より格段に使えるという程度の認識でしかなかったが、当のスティーブは、この盾を有効利用するにはどうしたらいいか考えているらしかった。その挙句に《投げる》という方法を思いついたらしい。
バッキーは軍用のライフル銃を手入れする手を止め、呆れた声を洩らした。
「盾は身を守るものだろ。投げてどうすんだ」
「盾は構えて守るだけじゃない。打撃にだって使える。古来からの戦法だ」
「そんなこと言われなくても知ってる。俺が言いたいのは投げたあとのことだよ。そりゃ今のお前の力ならそこそこの武器になるかもしれないけど所詮銃や大砲には敵わないだろ。それで投げた後はどうするんだ。丸腰か?」
今更、武器の初歩的扱い方の講座を受ける気はない。問題はそこではないことをはっきりと分からせるため、スティーブにぐっと顔を寄せて言い聞かせるように告げる。
「あのなあ、スティーブ。今は20世紀のど真ん中だぞ。それも科学技術が段違いに発展して戦争をやってんだ。お前の戦法はこの前の大戦なら通じるかもしれないけど、それだって古臭すぎるだろ。いいか、お前がそいつを構えて投げる間に、俺ならお前を3回撃てる」
自分の目が座っている自覚があった。バッキーは本気だった。実際自分の腕ならそうできるに違いなかった。「殺せる」と言わなかったのは、仮定であってもそんなことを口にしたくはなかったからだ。
だが、スティーブはまったく引く様子がなかった。かつてとは比較にならないほど育った体躯をやや逸らせ、盾を自分の前に翳して言った。
「それなら僕は、お前がそうする前に手にある銃をこいつで叩き落とす」
「…この分からず屋!」
自分の扱うものとしてこの道具を選んだのはスティーブ自身だというが、大体なんだって盾なのかと思う。もちろん防御できるに越したことはない。だがときに邪魔でもある。戦況によっては手放さざるを得ない時だってある。
無茶苦茶言うなよと声を上げて言い返しつつ、そういえば、昔からこいつは何かしら周りにあるものを構えていたなと思い出した。
逃げるためではない。相手のすきを見計らい、少しでも優位に立ち向かうために。
思い返して頭が痛くなった。ここはブルックリンの路地裏ではない。体躯に任せて拳を振るってくる筋肉馬鹿なら対処できるかもしれないが、今自分たちがいるのは戦場だ。それもヒドラとかいう最先端の科学技術をフルに使って仕掛けてくる戦争のプロに立ち向かう最前線なのだ。
「一対一のケンカをやってるんじゃないんだぞ、スティーブ」
「そんなことちゃんとわかってる。一人で多勢に立ち向かうことを考えてるよ。不可能じゃないはずなんだ。この身体を存分に生かすとするなら、それは射撃じゃない。それならお前の方がよっぽど腕が上だしね。僕にしかできない戦い方があるはずなんだ。うん、きっとできるよバッキー」
「あーのーなーあ…ほんっとに昔から俺の言うこと聞かないよな、お前は!」
「お前だって!僕の話をちゃんと聞けよ!」
スティーブは声を上げて言い返すと、眉間に皺を寄せて溜め息を吐き、更にはっきりと続けた。
「僕は、やるといったらやる!」
かっと頭に血が上る。反射的に怒鳴り返していた。
「だからこわいんだよ、この馬鹿!!」
「バッキー?」
「お前はいつもそうだ。いつだって」
腕を捕まえ、ぐいと力任せに引き寄せる。
前は少し力を加えるだけで倒れ込んできた身体は、今となっては相当の力を込めないと思うようにならない。そのことが更にバッキーの頭に熱を上らせる。
スティーブはいつも勝手に決めて勝手に動く。しばらく会わない間に身長も体格もまるで変わってしまった幼馴染の姿。脆弱な体が健康になったのは喜ばしいが、その過程を思うと両手を上げて喜ぶ気にはなれなかった。実験が失敗してうっかり死んでしまったら、いったいどうするつもりだったのか。残された自分がどう思うか考えはしなかったのだろうか。想像するだけでぞっと鳥肌が立つ。だが、スティーブを問い質したところで、大丈夫だって確信していたんだとか到底理解しきれない論法を正面から堂々と吐かれそうで、確かめる気にもなれなかった。
せめて、今こうして共にいる間くらい、無謀な行為に歯止めをかけるくらいの立場でありたい。
間近に迫った顔を正面から僅かに見上げ、一句一句句切るように言い聞かせた。
「仮に、お前が自在に盾を飛ばせるようになったとしても、だ。必ずそいつを取りに行く羽目になる。そうなったらお前は狙い撃ちだ」
死んじまうかも、しれないんだ。
震えそうになる声を腹に力を込めることではっきり言い放つ。睨みあげるように相手を見据えると、バッキーの目の前で青い目が瞬いた。厚みのある唇が開かれ、言葉が零れる。
「そのためにお前がいるんじゃないか」
きょとんとした顔でスティーブは首を傾げていた。
「僕に出来た隙はお前がカバーしてくれる。僕が盾を取りに行っている間、お前なら3回どころか5回は敵を狙えるだろ」
「スティーブ、お前…」
バッキーは呆気にとられた。腕を掴んだ手から力が抜ける。するりと腕が離れていく。バッキーの前で、スティーブは笑っていた。柔らかな、けれど力強い笑みだった。何も疑うことを知らないそれだった。
「僕は一人で戦っているわけじゃない。今はチームで戦ってる。戦争は、一人じゃできない。そうだろう?」
何と返答したものか、絶句したまま凍りついたバッキーの背中に突然軽い調子で声がかけられた。
「何を言い争ってるんだ、お嬢さんたち」
「おい、スターク…」
不意の横やりにうんざりしたような声で返し、バッキーは深々と溜め息を吐いた。隙なく整えた髪形と口髭、嫌味なほどの伊達男を気取るアメリカ随一の機械工学士は、その端正な面にあからさまに「なにやら面白そうな」という文字を浮かべている。バッキーは常々彼を胡散臭いと思っているが、それでも彼の能力の高さについては理解していた。彼なら、可能と不可能を見極めて説明することができるだろう。
「あんたもこいつに言ってやってくれよ、無茶だって」
「何の話だ?」
「我らがキャプテンは、近距離戦で使う盾を遠近両用で扱いたいんだと」
「この盾を投げ飛ばせれば、有効な武器になると思うんだよ」
「ふぅん、なるほど」
双方の話を聞いたハワードは顎に手をやりながら何度か頷いていたが、数秒考え込んだのち口端に笑みを浮かべた。
「試してみようか」
「スターク、おい!」
あっさりと下された結論にバッキーは思わず抗議の声を上げる。
「あんた、そんな簡単に請け負うなよ」
「待て待て、簡単だとは言っていない。常識的に考えれば無理な話だ。でもね、」
スティーブ・ロジャースは超人だ、とハワードは微笑した。
「盾は接近用の武器だが、もし超人的な君の身体能力でもって自在に投げ飛ばせるようになれば、確かに遠近両用の強力な武器になるだろうね」
「それは理屈の話だろ」
「そうだ。そして超人兵士は理屈を越えた先に生まれた存在なんだよ」
「バッキー、バッキー、僕やりたいんだ」
「スティーブ、おまえ…」
できるよ、きっと。
そう澄んだ目で告げられれば、バッキーにはもう何も言い返すことはできないのだった。
***
ガァンという音が空気を震わせ、拡散して木々の間へと消えていく。
「よし、もう一度だ。スティーブ。角度と強度を変えて投げてみてくれ。盾につける角度を更に調整するから」
記録係を従えたスタークが、飛ばした盾を拾いに向かうスティーブに指示をした。盾といっても、未だに何の塗装も施されていないそれは、あいかわらず銀色に輝くただの円盤に見える。
「よし、キャプテンがんばれ!」
「いいぞ、ロジャース」
やんやと声を上げているのはハウリング・コマンドーズの面々だ。
それらを少し離れた場所で見つめながら、まったくお気楽なもんだとバッキーは呆れた。同時に羨ましく思う。スティーブが選択した戦い方を興味深く思う一方で、彼らは、スティーブが目的を達成するだろうことを疑っていないのだった。不安も抱いていない。自分のようには。
スティーブは駐屯地の裏手にある広場で、周囲を囲む木々を的に見立てて練習を積んでいた。
木には至るところに盾がぶつかった痕跡がある。そのうちの何本かは今にも倒れそうだし、実際倒れたものもある。冬の駐屯地ではこれ幸いと燃料として重宝されたが、「お前は木こりにでもなるつもりか」と呆れた口調でからかえば、さすがのスティーブも苦笑いを隠さなかった。彼らにはとても申し訳ないけれど、と済まなさそうな顔をしつつも、スティーブは練習量を増やしこそすれ減らしはしなかった。もっと慣れたいからと盾を常に手元に置き、食事の時間にまで盾を持ち込む様子に、仲間たちは「キャプテンは盾と結婚するらしい」と明るく笑った。
「もちろん盾を使うことは絶対じゃない。こだわる必要もないのかもしれない。でも僕が今できる一つの手段なんだ」
スティーブは繰り返し口にした。そして言葉通り諦めなかった。
円盤投げのように投擲することを提案したのはハワードだった。下半身を軸に上半身を捻り、遠心力を利用して下から腕を振り上げるようにして盾を投げ飛ばすのだ。
狙いを定め、真っ直ぐに盾を飛ばしてまとに当てる。これは即座に習得した。
もともと観察力が高く呑み込みの早いスティーブだ。どこをどう構えて投げれば、正確に的を狙えるか、ヴィブラニウムという金属が持つ衝撃の吸収力も計算しながらすぐに身体に覚え込ませた。だがもちろん彼はそれだけでは満足しなかった。
「旋回させて手元で受け止める」
スティーブはそう言った。
何度も投げたものを取りに行く余裕はない。自身の命取りになるだけでなく、仲間をも危険に巻き込む可能性がある。それはスティーブも自覚していた。盾という武器が持つ長所のみならず、短所までもすべて利点に置き換える必要があった。
盾の速度や強度は常に細かく記録され、そのつどスタークが調整していた。
繰り返し盾を投げつけては拾い、また投げつける姿を、バッキーは時折息を呑んで見つめた。
スティーブの動きは、彼の信念そのものだった。
誰よりも何よりも早く、鋭く、力強く。
夜更け、あるいは朝早く目を覚ますと、ガァンと遠く響く音を何度も耳にした。独特の金属音は聞き間違えようがない。
誰が何をしている音か、駐屯地にいる誰もがはっきりと理解していた。
スティーブが練習で盾を投げるたびに、バッキーもまたその背中を見つめ、盾の向かう先を注視した。
練習用の銃を構え、頭の中でシュミレーションを繰り返す。右から二人、左から三人が来るとする。ならどいつを先に仕留めればいいかを考える。スティーブが前に進むたびに自分が出来ることを考える。
1人、2人、3人。手元を狙い、膝を立て続けに撃ち抜く。4人目は額だ。そしてーー
そこまで想定したところでスティーブが盾を取り落した。
(駄目だ…!)
ちくしょうと腹の中で舌打ちした。自分もまた5人目を撃ち損じた。盾を戻して体勢を整えるスティーブに間に合わない。脇腹を撃たれて倒れ込むスティーブという最悪の未来予想図が浮かぶ。銃を肩から下ろし、バッキーは内心で呻いた。
超人兵士という存在を本当に理解できているわけではないが、不死身でないことはわかる。銃弾の一発や二発で命を奪われることはないのかもしれない。それでも痛みは伴うはずだし、致命傷に繋がらない保証もない。何よりも、傷を受けて倒れるスティーブなど見たくはなかった。ぞくりと身体が震える。仮定の未来にバッキーは焦りを覚え、動揺した。
ちりちりと背筋を這うこの焦燥は一体何なのだろう。ヒドラの実験材料にされかけてから無事生還を果たしたとはいえ、不意に訳もわからず叫びだしたくなるような不安が身体の奥底からこみ上げてくる時がある。目の前の全てを、大切なものを根こそぎ奪われてしまうような。
「…っ」
心臓を掴まれるような恐ろしい幻想を頭を振って払い落とすと、肩を上下させて息を吐いているスティーブに声をかける。
「スティーブ、今のままじゃ駄目だ。援護が間に合わない。俺の早撃ちの精度にも問題があるが、お前が盾を投げるスピードをもっとあげないと」
「わかってる」
メットを脱いで振り向いた顔のこめかみから、汗が滲んで滴っている。息も上がっている。だが目の光は翳ることなく強い。スティーブは小さく頷くと、袖で汗を拭ってから再びメットを装着し、転がった盾を拾い上げて構えた。
なるほど、確かに超人なのだとこんなときに思う。すでに今日の練習だけで百十数回は連続で盾を投擲している。軽い盾ではあるが、通常のあのサイズの盾に比べると軽いというだけで、やはりそれなりの重量がある。しかもそれを全力で投げつけるのだ。尋常ではない肩の力だ。普通ならとっくに壊れている。
単に体格の良い男なら、戦場にはスティーブ以外にいくらでもいる。数人が同じようなことを試したが、10回連続して投げられればいい方だった。まして狙いを定めて投げ飛ばせる者はいなかった。飛距離など及ぶべくもない。数十ヤード離れた大木に、盾の三分の一をめり込ませられる人間などいるはずがない。それをスティーブはやってのける。
バッキーも何度か試したことがある。投げるのも投げたそれを受け止めるのも、まるでできないわけではなかった。だが、あらゆる衝撃を吸収するという希少金属は扱いが恐ろしく難しい。どの程度の衝撃を受け流せばいいのかまるで感覚がつかめない。すぐに盾に身体を持って行かれそうになる。スティーブのように全身とは言わない。この身体のうち、右手か左腕のどちらか一本でも強化されていればと思わずにはいられなかった。
実現すれば、確かにこれはスティーブだけが扱える無類の武器になるだろう。
それでも通常の任務ではまだ使えなかった。実戦に足ると、誰もが認めるまで、バッキーもスタークも戦場での盾の使用に賛成しなかった。銃に匹敵する、いやそれ以上の効果を持つとわかるまでは。
それはペギー・カーターも同じだった。彼女もまた、よく練習を覗きに来ていた。毅然とした居住まいを崩さない彼女ではあったが、スティーブを見つめるまなざしにはいつも不安と労りが滲んでいた。
バッキーは度々彼女と目があった。そのとき必ず彼女は微かな笑いを口元に浮かべて肩を竦めた。それは普段の彼女を知る者からすれば驚くほどに柔らかい、どこか愛らしくさえある仕草だった。
まったくしょうがないと言いたかったのか、彼をよろしくという意味だったのか。そのどちらもだろうとバッキーは思った。彼女がスティーブに対して抱くものは、限りなく己のそれに近いとバッキーは理解していた。自分が男で彼女が女性であるというだけの違いでしかなかった。
***
時間さえあればスティーブは盾を投げ、バッキーは傍らでその様子を見ては自身も射撃の練習をした。
そしてもう一人。ペンを手に、ひたすら細かい数値を紙に書き込んでいる男がいる。
「結局、あんたは一度もあいつを止めなかったな」
肩から銃を下ろしながら声をかけると、スタークは書面から顔を上げて首を傾げた。その目には面白がるような光が浮かんでいる。
「彼は止めて聞くような男なのか?」
声を失ったバッキーに、男はにやりと口端を吊り上げた。整えられた口髭が忌々しい。
「君にも無理なら、誰が止められるものかね」
「俺は、」
「君を助けに行くときの彼も、あんな顔をしていたよ」
その目元がふと遠くを見つめて和らいだ。私は止められなかったよ、とハワード・スタークは笑った。
「手を貸さないわけにはいかなかった。彼が望むならどんな無茶だってやってやろうという気になった。この私がだ。挙句には我々に戻れと言って、砲撃の中をパラシュートで飛び降りてしまったんだから」
くっくっと喉を鳴らし、不意にハワードは真顔になった。目を細め、変わらず盾の投擲に励んでいるスティーブの姿を見つめる。
「…我々は一つの神話が生まれるのを目にしているのかもしれない。守護女神アテナが手にしていたというアイギス、あるいは英雄ヘラクレスの盾か。いや、そのどれでもないな。こんな戦い方は確かに彼にしかできないよ」
いつか、とハワードは続けた。
「いつか彼の盾は、キャプテン・アメリカを象徴するものになるだろう。なぜなら彼そのものが《盾》だからだ。その在り方も生き方もすべて」
一人の力ではなく、皆を、そして皆で守るために。
「盾は単なる防御用の道具じゃない。後退するためではない、前進するために作られたんだよ。分かるかい?背中を見せず、正面から相手を見据えつつ、なお困難に立ち向かうための装備だ。背中にあるものを守り、苦境を切り開くための道具だ」
空気も空間も切り割いて盾が飛ぶ。ガァンと音が、響く。音はどこまでも拡散し、かすかな余韻を残して空へと消える。
「シールド《盾》か」
いいね、と男は呟いた。
「我らもそうありたいものだ」
***
ガァン、ガァンと立て続けに音が響く。
一本、二本、三本、そして四本。
木に刻んだ狙い全てに盾は正確にあたり、そして更に旋回する。勢いを殺さぬまま曲線を描いて戻ってきたそれを、 スティーブは右手を伸ばして受け止めた。
一瞬の静寂。
「…バッキー!バッキー!」
スティーブが大きな声を上げる。思わずといったそれは喜びと誇らしさに満ちている。
「ほら、バッキー!出来ただろ!?」
こちらを振り返った輝くような笑顔を、バッキーは苦虫を噛み潰したような顔で受け止めた。声が出なかった。
(あいつ、本当にやりやがった)
見事な正確さとスピードだった。まだ粗削りな部分も目立つものの、威力としては十分だった。
スティーブの動きを目にしつつ6人の襲撃者を想定してシュミレーションしたが、バッキーが5人を仕留めるまでにスティーブは前面の敵を打ち倒して盾を手に戻らせていた。残りの一人は右脚に差した自身のコルト銃で倒しただろう。あるいはほかのメンバーの誰かが。
彼はついに盾を自分のものにしたのだ。
「バッキー、何か言ってくれないのか」
「…今度からお前を曲芸師って呼んでやるよ」
「なんとでも呼べよ」
軽い皮肉を返した途端、盾を手にしたままの幼馴染に強く抱きつかれ、バッキーは思わずぐえぇと呻いた。
「馬鹿、力を考えろよ!俺を絞め殺す気か!」
「悪い、でも嬉しくて」
スティーブは晴れやかな笑顔を見せている。金と青が眩しく陽にきらめいている。
「次の任務では実戦に持ち込んでもいいだろう?」
「百発百中になるまではまだ無理だろ。俺が賛成してもカーター女史が反論する」
「大丈夫だ。もう狙いは外さない。絶対にそうする」
だからバッキーと、スティーブは笑う。
「きっと、役に立てるよ」
(ああ、そうだな。そのためならお前は何だってするんだ。いつだって)
スティーブの笑みが、放つ輝きが胸に痛かった。心の奥に突き刺さるような疼きごと飲み込んでバッキーもまた笑い、スティーブの胸を拳で叩いた。
***
その盾は、やがてスティーブの背中に背負われることになった。
きゅっきゅっと降り積もった雪を踏みしめる複数の足音が静かに響く。闇に紛れての奇襲作戦を控えていた。月のない晩に雪だけが白く輝いて道先を示す。見上げれば立ち並ぶ木々の合間から数多の星が輝くのが見える。
目の前には黙々と足を進めるスティーブの背中がある。彼はいつも先頭を行く。必然、バッキーはその背に負われた盾を目にすることになった。青と赤に塗装された盾の中央には大きな星が一つ煌めく。地上に瞬く唯一の目印。地上の星。
銀色の星はときどき雪が放つ光を弾き、眩しく反射してバッキーの目を細めさせた。
(まったく目立つことこの上ないよな)
白く凍る息を吐き出しながら思わず苦笑する。
きっと見失うことはないだろう。見失ってたまるものかとバッキーは呟く。例えそれが冬の闇に沈んだ世界であったとしても。
(俺はお前の背中を守る。お前を傷つけさせない、絶対に)
なぜならこの自分もまた、盾だからだ。大切なものを守るための。
(お前がその道を行くというのなら、俺は最後までとことんつきあうよ)
結局、昔からあの頑固な幼馴染を止めることなどできはしないのだ。ならばつきあうだけだ、一緒に行くだけだ。
それがたとえどんなに困難な道であったとしても。時に反発し、意見を違えることがあったとしても、それでもバッキー・バーンズがスティーブ・ロジャースを見捨てることはないだろう。
それは、幼い頃から胸に抱いていたのとなんら変わらぬ一つの決意だった。
不意に先を歩いていたスティーブが足を止めた。彼は首を傾げて周りを見渡し、そして背後を振り返ると居並ぶハウリング・コマンドーズの中からバッキーの姿を認めた。頭部を覆うヘルメットの間から覗く特徴的な青い目が細められ、口元に笑みが浮かぶ。
静かな、それでいて深い信頼がそこに込められていた。
視線が絡んだのは一瞬のことだった。スティーブが左手を上げて合図をし、右手に盾を構えて身体を低く沈める。雪の光を受けてちかちかと鈍く輝く盾を見つめがら、バッキーもまた肩に負った銃を下ろし、その銃身をきつく握りしめた。
- end -