WhirlWind

Eat at the same table2


 メニューが揃うまでに1分ほどしかかからない。これがこのチェーン店の一番の特徴だ。
 その場で出されたものを自分で運び、すぐに食事を始められる。
 あっという間にトレイに乗せられた食べ物を前に、フィリップはその仕組みに改めて感心していたようだった。
 放っておくとまた検索やら分析やらを始めかねないので、面倒なことになる前に客席まで引っ張っていく。
「翔太郎、翔太郎!」
「なんだよ」
「腕が痛い」
「お前がぼーっとしてるからだ。冷めるじゃねぇか」
 抗議の声は無視し、トレイを持って窓際の4人席に陣取る。向かい合って座ったところで、翔太郎はすでにどっと疲労を感じていた。椅子が柔らかいのがありがたい。
 この店は数あるチェーン店の中でもかなり広く開放的な部類に入る。天井は十分高い上に、広場を臨む一面が全て窓になっており、風都タワーと周辺を行き交う人々がよく見えた。
「ほら」
 さっさと食べちまえとフィリップを促し、翔太郎はコーヒーの容器の蓋を開けた。
 フィリップが頼んだのは風都バーガーセットという、定番の人気メニューだ。
 ハンバーガーとフライドポテト、ドリンクのセットで670円。
 バンズには風車のついた楊枝が挿してある。わずかな風を受けて、小さな風車はくるりくるりと回った。たいしたことのないおまけのようなものだが、風都らしさを感じて嬉しくなる。子供の頃は、大切に家までも持ち帰ったものだ。
 持ち帰りの場合はバーガーが紙にくるまれてしまい、楊枝はつかなくなるため、やっぱりこの場で食べて良かったなとちらりと考える。
フィリップを見れば、実に嬉しそうにハンバーガーにかじり付いていた。
「翔太郎、これは実に興味深い食べ物だ。片手で、しかも手を汚さずに食事が出来る。ここまで合理的に食事時間を短縮し、同時に値段も押さえてあるというのは素晴らしいことだよ」
 一口食べては、興奮気味に分析をする。全く落ち着かない。
「しかもこの具はただ無造作に重ねられているわけじゃない。食感、味覚全てを厳密に考慮し、計算した上で積み重ねられている。この他にもどのようなパターンでほかの具を組み合わせているのか…実に興味深いよ」
 楽しげに食べるその顔を、呆れつつも不思議な思いで見つめる。
この少年が食べ物にここまで関心を示すことが翔太郎には少し意外だった。
 出されるからとりあえず食べる。それくらいのものだと、思っていたのに。
 どうせ一時の興味でしかないのだとしても、検索対象の上位に来ることはないのだと勝手に思っていた。
「フィリップ。お前食べるか話すかどっちかにしろ」
 注意したものの、聞こえてないのかフィリップは話を止めない。
「翔太郎!ここはやはり全部のメニューを制覇すべきだ!」
「アホかっ!」
「ここのメニューはサイドも含めて34種ある。一日一食としても二ヶ月もあれば制覇は十分可能だ」
「絶対にゆるさねぇからなそんなこと!」
 身体壊すに決まってんだろ!と叱りつける。大体すぐに飽きるに決まっている。
 そう言ったのに、更にフィリップは食い下がった。、
「しかし、毎朝この店を活用する人間もいる。僕が飽きるかどうかは試してみなければ分からない」
 翔太郎はぐっと詰まった。
 そこまでファーストフードがお気に召したというのか。人間離れした子供という認識はあったが、舌と胃袋はやはり十代の現代っ子ということなのか。

―――面白くねぇ。

「・・・・・・じゃあ、毎食ここで食うか?」
 思わず、そんな言葉が低く口を吐いて出た。フィリップが軽く目を見開く。
「翔太郎?」
 人が面倒でも下手くそでも、とりあえず何か作って食べさせねばとそれなりに頭と力を使って料理に奮闘しているというのに、そんなにジャンクフードがいいってか。
 そう、翔太郎は面白くなかった。
 こんなものばかり食べていては身体に良くない。それは勿論ある。
 けれど、努力して作ったいつものご飯よりも、たまのジャンクフードを喜ばれた日には、あまりにも日頃の苦労が報われないというものだ。フィリップは付録のおもちゃがメインだとまでは考えていないようだが、だとしてもあんまりじゃなかろうか。
 ここに至って世のお母様方の思いがちょっと分かる気がした。
 あぁ、20代半ばの男性にして、まさか主婦の思いを多少なりとも理解できるようになろうとは。
 フィリップとの日々は、そんな一日一日の連続だ。
 親の心子知らず。翔太郎の心フィリップ知らず。
 確かに。一昨日に翔太郎が作ったハンバーグの歪さと焦げ具合に比べても、ここのパンの間に挟まれたハンバーグは均一な美しさで、焦げ目一つない。安心して食べられるおいしさだ。
―――でも、俺のが一応野菜たっぷりだし、サイズもでかいし。
 みみっちく比較をする翔太郎である。
 あれだって、フィリップが食べたいと言い出したから作ったのだ。
 痛み始めた野菜を適当に突っ込んだので、ハンバーグの具材としてはいささかおかしかったとしても。
 どの程度の分量で焼けばいいのか分からず、とりあえず手のひらサイズで作ったために、なかなか火が通りきらず、最後に電子レンジにかける羽目になったのだとしても。
―――ちくしょう。フィリップのくそったれ。
 大人げないと思いつつも、臍を曲げずにはいられなかった。肘をつき、大きく開いたガラス窓から見える風都タワーを眺めながら言い放つ。
「お前がそれがいいっていうなら止めないけどな。ま、いいんじゃねぇの。店の方が食べたいときにすぐ食べれるし。ちゃんと美味しいし」
 どうせ胃に収まれば全て同じなのだ。それだったら面倒がない方がいい。苦労するだけ馬鹿らしい。
 わざわざ自分が作る意味などない。
「俺も毎日飯作る手間が省け…」

「それは困る!」

 突然大きな声で遮られ、驚いた翔太郎は思わずついていた肘を揺らした。乗せていた顎が、がくりと落ちる。
「あ?」
 目を瞬かせながら向かいの少年を見ると、恐ろしく真剣な顔でこちらを見つめていた。
 ハンバーガーを両手で抱えたままなのが、その緊迫感を相殺しているのだが。
 フィリップは焦りさえ感じるような言い方で繰り返す。
「それはとても困るよ、翔太郎」
 翔太郎がご飯を作らなくなったら困るのだと、そう言う。
 予想外の答えに、翔太郎はあんぐりと口を開けた。
「いや、お前。だって、食ったらそんなのみんな一緒だろ…」
 お前はそう思ってるんじゃないのか。そう思って言った一言を、フィリップはあっさり否定した。
「違うよ。それは違う」
―――だって。あれは、君が僕のために作ってくれるものだ。
 そう、言われた一言に翔太郎は目を見開いた。

 ちゃんと、分かっているのか。

 膨大な知識を抱える少年の最優先事項は、あくまでもその追求にあった。尽きることのないデータを時折もてあまし、引きずられていることもある。放っておけば寝食よりも優先するので、人間らしい感覚がどこか薄いのではないかと思うときもあった。
 しかし、どんなに検索対象が興味深かろうと食事と睡眠はしっかり取る。それが初めの頃に翔太郎がフィリップに徹底させ、約束させた事だ。睡眠は相変わらず取るのを忘れているようだが、食事だけは何とか覚えさせた。
 自分が留守にしている間はどうか分からないが、今は少なくとも数度注意を促せば、作業を中断させてご飯を食べるようになっていた。未だに注意を促さないとならないのは、尋常でない集中力の故に、外部のことがほとんど遮断されるせいだ。フィリップ自身に悪気は全くない。
 だがそうして食事を摂取するのは、自分が口やかましく言うせいなのだと思っていた。
 時折食べたいものを注文するのは、好奇心から来るものなのだと、そう。
「これも確かに美味しいものだけど、お金を出せば皆が食べられるものだ。翔太郎のご飯は、そうではないだろう?」
思い出してみれば、フィリップが翔太郎の作るご飯を残したことはなかった。
「確かに君の作るものは独創的だ。この前のハンバーグはどちらかといえば肉団子の部類だし、前に作っていた肉じゃがも、肉とじゃがいものスープになっていたし。どうも毎回僕が検索したものとはずれた結果になっているようだが、味は食べられない程のものじゃない。こんな食事は君にしか作れない」
「お前、それ誉めたいのかけなしたいのかどっちなんだよ」
「だからつまり」
 フィリップは一度言葉を切ると、まっすぐに翔太郎を見つめて言った。

「それでも僕は、君の作ったご飯が好きということだ」

 みそ汁だって毎日作って欲しい!とまで宣言したフィリップに、思わず手に持ったコーヒーを落としかける。
―――おいおいおい、それはちょっと言う場面が違うんじゃないか。そもそも毎日みそ汁はないだろう。
 一体何の話をしているのかと、ちらちら見てくる会社員やOLがいる。ちょうど昼休み時間に突入してしまったらしい。さすがに翔太郎も慌てた。
「みそ汁を作るのが嫌なら別のものでも構わない。君が作るものなら何だって。だから、毎食ファーストフードになるのは嫌だ」
「もういい!分かった、俺が言いすぎた!分かったから!な!?」
―――これ以上人前で喋るな。恥ずかしいッ!
 今すぐにでもフィリップの首ねっこを捕まえてこの店を出たい気持ちだ。だが、この感覚をフィリップは全く理解しないのだから泣きたくなる。
「分かってくれたかい、翔太郎」
 主張を終えてすっきりしたのか、にこにことポテトをつまんでいる。
「ほら、君も食べるといい」
 つまんだポテトをそのまま差し出された。
「君がコーヒーだけで、僕が食事をしているというのはおかしい」
 翔太郎は再びぽかんと口を開ける。
「何だって?」
「だって、いつも食事は一緒にとっているじゃないか。大体そうしろと言ったのは君だろう?」
「確かにそうだが・・・」
「僕たちは、何だって二人で分け合うべきだもの。だから、一緒に同じものを食べるべきだ」
 今度こそ翔太郎は絶句した。

『いいか翔太郎。同じ家に住んでる人間が、一緒に同じものを食わなくてどうする』

 それが家族ってもんだろうと、鳴海荘吉は言った。だから、どんなに時間を合わせるのが難しかったとしても、ご飯を用意する時間が短かったとしても。家に居るときは簡単なものを用意して一緒に食べた。
 家族などという認識がこの少年にあるのかは分からない。けれど、同じものを一緒に食べるという基本は翔太郎の中にもう根付いていて……変えられなかった。
 だから、睡眠は妥協しても食事だけは一緒に取らせた。検索の途中だと駄々をこねられれば、待つことだってあった。
 用意した食事を一人で食べるなんて、もう考えられなかったから。
 それを見透かされたはずはないのに、この子供はあの人と似たようなことを言う。
 一切の・・・家族の記憶すらも持たず、代わりにあまりにも膨大すぎる知識を抱え込んだこの子供が。
 常識はおろか、情緒もない。紡ぎ出される言葉は鞘を持たず、人を突き刺すばかり。
 けれど、ただ真っ直ぐで。とても。真っ直ぐで。
 だから敵わないと思うのだ。浮世離れして扱いづらいことこの上ない少年が、ふとした時に伸ばしてくる手は、驚くほどに力強く温かい。そのことに気づいてしまえば、もう突き放すことなど出来はしない。
「……そうだな。俺だけコーヒーってのはおかしかったよな」
わりぃと謝り、差し出されたフライドポテトをつまんで自分の口に放り込む。
 久々に食べたポテトは、このテの店に入り浸っていた昔を思い出すせいか味覚が変わったのか、記憶よりも大分しょっぱい。
 すでに冷めかけているせいかモソモソとしていて、お世辞にも美味とは言い難い。
 それでも。ただ一人で黙々と食べているわけじゃない。食事を共有できる相手がいる。
「おいしいかい、翔太郎?」
「まぁな」
 そう答えると、フィリップは嬉しそうに笑った。




↓蛇足。


―――帰り道。

「ねぇ翔太郎、今日の夕飯は何にするんだい?」
 平気な顔で今日の献立を聞いてくるのにはがっくりと来る。
反射的に、冷蔵庫に残っていた食材を思い出そうとしている自分に苦笑した。あぁ主夫が染みつき始めている。
 残ったハンバーグを冷凍したものがまだ残っている。肉団子にしてスープにでもすれば、十分なおかずになるだろう。そう伝えると、フィリップが注文をつける。
「春雨も入れてくれ、翔太郎」
「・・・・・・お前本当好きだよな、そういうの」
 思うにフィリップの味覚はやはり子供じみている。大人顔負けの発言をするくせにだ。
「じゃあ帰りにスーパー寄るか」
 春雨は切らしていた。この前の鍋で使い切ったせいだ。
 まったく面倒くせぇなぁとぼやいて肩を竦める。
「こうなると、たまにはファーストフードも悪くはねぇよな」
 色々あるが、あの手軽さはやはり素晴らしい。
「本当に、たまにだけどな」
 念押しするようにフィリップを見やると、少年が神妙に頷いた。
「たまにではなくては僕も困る」
 しれっと言われて思わず首を傾げる。
 まさか、こいつ。献立で唸ってる俺を見てファーストフードとか言い出したんじゃねぇよな。
 バーガー☆FUTOのキャッチフレーズの一つは、「忙しいあなたにいつもの味をv」だ。
「……」
「翔太郎?早く行こう」
「あ、あぁ」
 んなことあるわけないよなと考え直し、とりあえず新聞に挟まっていたスーパーの広告を思い出す翔太郎だった。

- end -


2010/05/23 up
まだ、相棒にはほど遠い二人。
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