WhirlWind

Eat at the same table1


「翔太郎。君はハンバーガーという食べ物を知っているかい?」
「は?」
「ハンバーガーを食べに行こう!」
「……なんだって?」



=Eat at the same table 1=



今、翔太郎とフィリップは、とあるファーストフード店の前にいた。風都の至る所にある有名チェーン店ではあるが、折角なら風都1号店に行きたいというフィリップのこだわりにより、風都タワーのすぐ傍にあり、風都デパートの一階に店舗が入っているこの店にわざわざ来た、というわけである。
「なんで俺がハンバーガー…」
ちっともハードボイルドじゃねーし。
ちょっと泣きたい気持ちの翔太郎である。

ハンバーガーを食べたいとフィリップが言い出したのが、朝食を終えてしばらく経ったころだ。一体また何を検索したのかとこめかみを押さえつつ尋ねると、新聞に挟まっていた広告を差し出された。それはもう楽しそうに。
こんな顔をしている時のフィリップは、もうこちらが何をいっても聞く耳を持たない。
まださほど長い付き合いとはいえなかったが、既に身にしみて理解していた。
仕方なく差し出されたものを手に取る。
手軽で安価。忙しい現代人の腹をそれなりの味とボリュームで満たしてくれることで有名な、ファーストフード店の広告だった。
『バーガー☆FUTO』というこの店の一番の売りは、風都バーガーだ。
見開きA3用紙の片面は、近日発売されたばかりの新作の紹介と割り引きクーポンとで埋め尽くされている。
翔太郎は広告を一瞥するとあっさり却下した。
「駄目だ」
「何故だい、翔太郎!」
フィリップが食い下がる。
「身体に悪いからだ」
大体、いつも自分が何か作って食事を用意しているのに、一体何が不満なんだ。
そう言いたいのをこらえて、あんなのわざわざ食べるものじゃないと切り捨てる。
だが、フィリップは引き下がらなかった。
「その台詞に説得力はないよ、翔太郎。そもそも以前の君が、こういった店を多用していたということは既に検索済みだ」
「んなっ!どっからそんな情報を引き出しやがった!?」
「構わないだろう?検索結果から見るに、このハンバーガーは風都の人間にとって、最もと呼べるほどに馴染み深い食べ物の一つだ。僕にだって知る権利がある」
食べる、ではなくて、あくまでも知ると表現するところがフィリップらしいが、瞬きしない大きな黒瞳に間近まで迫ってこられて、翔太郎はぐぅぅと呻いた。
確かに。
昔は入り浸っていた。安い値段で成長期の小腹を満たせるというのは魅力的だったし、目的無く長時間入り浸ることが可能だったからだ。
当たり前に食生活に入り込んでいたファーストフードから遠ざかるようになったのは、やはりおやっさんの影響だった。事務所に入れてもらった時、とりあえず飯でも食うかと言われて、じゃあと馴染みのファーストフード店を指さしたら、頭を小突かれ、そのまま随分とレトロな洋食店に連れていかれた。そこで食べたスパゲッティの味は今でも忘れられない。
それ以来、食事はほとんど事務所か、鳴海荘吉が行きつけているその洋食店だった。
張り込みの仕事でもない限り、事務所で食事を済ませるのは今でもその習慣を守っているからだ。
―――そっか。でもこいつは本当に一度も食ったことがないのか。
フィリップの年齢で、『バーガー☆FUTO』を知らない少年は、恐らく一人もいないだろう。
そう考えれば、わずかに胸が痛んだ。
翔太郎にとって当たり前のことでも、フィリップには当たり前でない。
「仕方ねぇな」
翔太郎が漏らした声に、フィリップがぱっと顔を輝かせる。
―――仕方ないよな。
駄々をこねられて、結局許してしまうのは、この表情のせいだ。何故そんなものをと思えるような小さなことにも興味を引かれ、検索しては知った知識の全てをボードに叩きつける。ぶちまけた、としか表現のしようがないデータの洪水。
初めは異様にしか思えなかったその様も、いくらか共に過ごすようになれば分かってきた。
夢中になってのめり込む姿は、まるで子供のそれだ。引き際を知らない。度というものを理解しない。
検索を終えた後は、そのまま別の興味対象を調べ始めることもあったが、大体の場合は糸の切れた人形のように眠り込んでしまうことが多かった。そう、遊び疲れた子供のように。
一体何が、この少年をそこまでかき立てるのか。
恐らくフィリップは、知らなくてはならないのだろう。なら彼は知るべきなのだ。
それがどんなに些細なことであっても。
確かにこの少年にはその権利があった。
……それがファーストフード店のメニューなのだとしても。
つまりは、結局いつものように折れた翔太郎だった。

ハンバーガーショップを目の前にしたフィリップは興味深そうに店の外観を凝視していた。食い入るように見入っている瞳は、好奇心に満ちあふれて、きらきらと日の光を反射している。
その姿は、端から見て微笑ましくすらあった。
「じゃ、いくか」
検索結果と現実を照合でもしているのか。突っ立ったままのフィリップを促すと、こちらを振り返る。
頷いたかと思った途端。フィリップは猫のように目を細め、口端を引き上げて笑った。
―――げ。
およそ子供らしさなど一片も見いだせない、獲物を狙う猛禽類のような目だ。
前言撤回だ。こんな目つきでハンバーガーを食おうとか間違っている。やっぱり連れてくるんじゃなかったという後悔はもう、今更だ。
どこまでもアンバランスな少年は口元に指を当て、満足げに低く呟いた。

「ぞくぞくするねぇ」

「しねぇよ!」
思わず全身で突っ込んだ翔太郎を尻目に、フィリップはさっさと目的地へと歩き出し、翔太郎はその後ろを慌てて追いかけた。


□□□

「「いらっしゃいませ!!」」
自動ドアが開いた瞬間、大きな挨拶に迎えられる。軽く頷いて空いているレジを探した。軽く見渡したところ、昼の混雑時にはまだ早いせいか思ったより客の数は疎らだ。これなら席を探すのも簡単だろう。
フィリップがいち早く右側のレジを見つけ、「翔太郎早く」と呼ぶ。
まるっきり子供の仕草に、仕方ねぇなとすっかり口癖になった台詞を繰り返して苦笑した。
「店内でお召し上がりになりますか?それともお持ち帰りになりますか?」
店員の輝かんばかりの笑顔と、明るい声に気圧されつつも、「店内で」と短く応える。
持ち帰りでいいだろうと言った翔太郎に、どうしても店内で食べたいと主張したのはフィリップだ。
店で食べるのが一番美味しいのだと検索結果を示され、全くその通りだということはよく知っていたので、そこは妥協することにした。
せっかく食べるのなら、美味しいにこしたことはない。
「かしこまりました!それではご注文をどうぞ!」
さわやかに促され、うっ、と翔太郎は詰まった。
セット?いや単品?昔よく頼んでいたメニューがあった気がするがとっさに思い出せない。
ぐるぐると悩む横で、フィリップは注文を見ながら翔太郎の袖を引っ張った。
「翔太郎、翔太郎」
「あぁ?」
「こちらのセットとこの子ども向けセット、どちらがいいだろう」
真面目な顔できかれて、眩暈がした。小声で怒鳴り返す。
「普通のセットにしろ!!」
「でも、子ども向けのセットにはおまけでおもちゃがついてくるらしい」
「おもちゃをもらおうとするな、おもちゃを……!」
「あのぉ……ご注文はお決まりになりましたでしょうか…?」
店員が訝しげに催促してくるのに、慌てて注文をする。
「じゃあ、このセットで。飲み物は何するんだ?」
「……コカ・コーラ」
勝手にお子様セットを却下されて、若干ふてくされたフィリップが短く答える。
人工甘味料で出来た炭酸水。事務所では買わないドリンクだ。短い期間にしっかり定番のメニュー、それも事務所では普段摂取できないものを選んでくるあたり、さすがの検索能力というところか。
しぶしぶコーラを注文する。
フィリップはまだおもちゃが気になっているらしい。
「翔太郎、じゃあ君が子ども向けセットを注文してくれ」
「絶対に断る!」
そんなもの注文してたまるか!
「……君はときどきとてもけち臭い」
「ほっとけ!」
そして結局どれも思いつかないままに、飲み慣れたドリンクのみを注文した。
「…………ホットコーヒー。Sサイズで」
「それだけかい?」
フィリップはあからさまにつまらないという顔をする。お子様セットでなくとも他のメニューも試してみたかったのに違いない。そこは腹が減ってないからの一言で片づけた。
「はい、では以上でご注文はよろしいでしょうか」
店員の少女が注文内容を繰り返す。
「…お会計はご一緒ですか」
「はい」
―――ご一緒です。俺しか財布持ってません。
念のために問われたのだろうが、自分たち二人が店員からどのように映っているのかと考えて、少しおかしくなる。
そして財布を持たないフィリップはというと、しっかり広告のクーポンを差し出していた。

- end -


2010/05/23 up
BN以降、まだ数週間も経ってないような時期を意識していました。
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