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その手のひらに■を灯し
【サンプル】


《目次》

1.クスノキの子守唄 ……アルヴィス入植期から島を見てきたクスノキ視点のお話
2.竜宮島の豆腐屋さん(WEBからの再録)
3.近藤さんちのお味噌(WEBからの再録)
4.あめんどうのむすめ ……EXO終盤のどこか。総士とエメリー。エメリーの独白形式
5.ヘルメスの夢…EXO17話――カノンの前で消えた真壁一騎視点のお話
6.むなしでのマリオネット ……ビリー視点のエグゾダス、そして島の人々
7.No-record found ……暉から広登への、残されなかった音声記録
8.真昼のポラリス ……EXOから2年後。甲洋から見た総士と一騎について
9.或る老犬の追憶 ……海神島でのショコラ


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《クスノキの子守唄》


 きっと、立ち続けることが役目だった。
 クスノキが、海を見下ろせるこの広場に植樹されてから、もうしばらく経つ。
 ほかのほとんどの樹木は、竜宮島に移住してから新しく植えられた若木で、クスノキほどに年経た大樹は、この島のどこにも存在しなかった。
 クスノキが生まれたのは、まだ日本が日本であったころ。はるか遠い昔のことだ。
 本来なら、生まれ育った場所で何百年かを過ごし、やがて老木となって斃れ、ゆっくりと朽ちて次の命が芽吹くための苗床になる……そのはずだった。
 人類が、未知の存在を地球に呼び寄せるまでは。


 クスノキにとって、あるいは人間以外のすべての生き物にとって、太古に外からやってきた存在は、とりたてておそろしいものでも異常なものでもなかった。人類にとっても、最初はそうだっただろう。彼らが海底から発見された未知の光子結晶体であり、知的生命体として人々の興味を引く貴重な研究対象でしかなかったころは。むしろそれらは人類のルーツに関わるものだった。
 異変は、ある日空から来た。クスノキも、自分たちの周囲を取り巻く空気が一変したのを悟った。ささやかな、けれど、以前とは決定的に違う何かが起きたことを感じ取った。
 事実、それは世界規模の異変だった。巨大な光子結晶体が、空を割いて北極に落下したその日、人類の歴史は新たな局面に突入した。
 これまでにも、人類による争いは繰り返されてきた。その過程を、何度となくクスノキは目にしてきた。人間はおろかで罪深く、飽きることなく同じ罪を重ねては互いに傷つけあってきた。同じ人間同士でありながら、理解を拒み、対話を拒否した。結果、宇宙からやってきた存在に対しても、とうとう対話の道は開かれなかった。
 宇宙からの来訪者であるミールが生み出したシリコン型生命体は《フェストゥム》と呼ばれた。ラテン語で祝祭という意味を持つ。まばゆい黄金の光をまとって空から降り立った彼らの姿は、まるで神の降臨かと錯覚するほどに美しく、無垢で、故に残酷だった。個の概念を持たず、ただ純粋な興味でもって人類の知を取り込み、《祝福》として同化か消滅かを選ばせる彼らは、人類にとって理解を越えた恐怖となった。
 このころ、地上には希望の萌芽さえ見えず、戦争は世界を巻き込んで日々激化していった。
 地球上の生命を脅かしたのは、宇宙から来た存在だけではなかった。ミールによる汚染を恐れた人類は、互いに対して牙をむいた。日本国土の八十パーセントを消滅させたのは、フェストゥムではなく人間だった。そして、それらすべての脅威を避けて生き残るための、日本人の戦いが始まった。楽園(アーカディアン)計画(プロジェクト)の始動である。
 アルヴィス建造時、生き残った日本人は様々なものを島に持ち込んだ。
 神の命令のもと、地上のあらゆる生き物を生存させるため、箱舟に命をつがいで運び込んだノアのように。三つあるアルヴィスのうち、いずれかが滅び失せても、そのどれか一つが未来へ命と文化を残せるように、すべてはできる限り均等に配分された。
 ただクスノキは違った。クスノキは一本きりだった。フェストゥムの襲来も人類の核攻撃も耐え忍んで残ったクスノキを、人々は愛してくれた。何もかも奪われても残るものはあるのだと、彼らがひとかけらの希望を託すよすがとなった。
(続く)


《あめんどうのむすめ》

 こんにちは、ミナシロ。
 あなたとこうして面と向かってお話をするのは初めてでしょうか。
 あなたはいつも慎重で注意深い。何が正しいかそうでないかを見極めようと常に探っている。将軍たち、もちろんわたしに対しても。
 でもわかります。それはあなたたちの島を守るため。あなたの大切な人に危害が及ばないためのもの。あなたの厳しさは、優しさでもある。
 それと同じ優しさに、わたしは触れたことがあります。Dアイランドを訪れたとき。あなたがたの島のコア……彼女に触れたときに。
 あんなに悲しくて、優しい命をわたしは知りません。なぜあれほどの痛みと苦しみをその身に受けながら命を続かせることができるのか。生きることを辞めずにいられるのか。島と、島に生きる人たちのために自分を差し出せるのか。たとえ、そうすることしか選択肢がなかったのだととしても存在することを自ら選んだ。彼女は、島とそこに暮らすあなたがたのことを心から愛している。だからこそ、わたしの声にもこたえてくれた。外から来たわたしたちが受け入れられたのも、彼女の心があったから。
 感謝しています。美羽とわたしを出会わせてくれたこと。美羽を私たちと行かせてくれたこと。そして、存在と無の力を遣わしてくれたことも。
(続く)


《ヘルメスの夢》

 こんな世界は間違っている。
 いつの間にか、そう思いながら戦うようになっていた。こんなはずではなかった。もっと希望ある未来にたどり着けたはずだと。
 根元から折れたルガーランスを、一騎は右手で握り直した。ザインの右手は、一騎の右手だ。一騎の意思に応えるように、ルガーランスを翡翠色の結晶が覆い、折れた先をまたたく間に再生させる。一騎の前に立ちはだかったアザゼル型が、歯をむき出しにして嗤っていた。憎しみに目覚めた心は、対話の綻びさえ見いだせない。
 空が赤く燃えていた。
 自分は間違えた。守るべきものを守れなかった。
 だから、何もかも失ったと思った先に現れた懐かしい姿を、一騎は希望だと思ったのだ。



 新天地を目指す旅の中で、最初に斃れたのは広登だった。ついで、暉がフェストゥムと戦って砕け散った。エスペラントたちの声に、フェストゥムたちは耳を傾けようとしなかった。彼らは憎しみと怒りに染まりきっていた。エメリーの祈りも、美羽の願いも届かない。まるで何か見えない壁がたちはだかり、すべての対話の可能性を塞いでいるようだった。多数いたはずのエスペラントは、一人また一人と散っていった。そのたびに、対話の可能性もすり減っていった。
 毎日ザインに乗って戦いながら、なぜなんだと一騎は思っていた。この戦いは、いつか希望に繋がるはずだった。自分と総士は、そのために島を出たはずだった。すべてを救えるなどとは思っていない。それでも、未来を切り開くための何かになれたらと思っていた。そのためになら、この命を使い果たしても後悔はない。命の使い道を、やっと見つけたと思っていたのに。
 過酷な行軍を続ける中で、守るべき人々の命は瞬く間に奪われていく。それでもと戦いに身を投じているうち、一騎自身の生存限界が来た。瞳は同化現象の末期症状で深紅に染まり、あと一度でもザインに搭乗すれば、そのまま同化して結晶となるだろうと思われた。
もとより覚悟はしていたことだった。それなのに、まだもう少し時間が欲しいと思ってしまった。ここで、こんな道半ばで終わりたくはないと。まだ、自分は何も成し遂げてはいない。
 そのとき、ナレイン将軍から差し出された提案を一騎は受け入れた。
 アショーカミールの祝福を受ける道。生存限界を超え、永遠の戦士として戦い続けるための道を。
(続く)


《むなしでのマリオネット》

 だって、仕方がないじゃないか。どうしようもなかった。それなのに、僕に何を選べたっていうの?
 そんなもの、どこにもなかったじゃないか。


 生まれたときから戦いがあったから、そうじゃない時代があったなんて、当然ピンと来るはずがなかった。生きるか死ぬか。明日も自分の命があるかどうか。大切なのはそれだけだった。
 それでも、僕は恵まれてたと思う。僕には兄さんがいて、そしてファフナーに乗れた。フェストゥムと戦う力が持てたというだけで、僕は幸運だった。何もできないまま死んでいくより、百倍は意味があったよ。
 もとからファフナーに乗る資格があったわけじゃない。でも、兄さんが僕に道を用意してくれた。兄さんはいつも正しい。兄さんについていけば、僕は間違わない。僕を兵士として育ててくれるとも言ってくれた。
 僕は戦場の中で、戦士としての心構えを学んだ。必死だった。兄さんみたいな、最高の兵士になりたかったから。
 戦場で僕は、いつも笑ってた。戦ったあとは、とりわけ明るく笑っていた。
 だって、戦ったあとも笑えるってことは、僕たちが生きてるってことだ。ね、そうでしょ? なら、笑顔でいなきゃ。今ある命を喜ばなきゃ。
 兄さんも、僕たちの前で辛気臭い顔を見せなかった。いつも堂々として自信に満ち溢れてて、戦場で勇気を与えて力づけてくれた。だから、これは正しいことなんだ。
 これからも兄さんと一緒に戦えるんだと思ってた。あのハワイ戰のときまでは。
(続く)


《No-record found》

〈―――メッセージ、録音開始〉

〈二一五一年七月▲日〉
 ――広登。今日、お前が連れていかれた。
 フェストゥムじゃない。人間が裏切った。人間がお前を連れて行った。
 この怒りをどうしたらいいかわからなくて、どうぶつけたらいいかわからなくて、だから俺はこのことを、ここに記録する。
 この怒りを忘れないために。あいつらを許さないために。
 こんなのは間違ってるっていうのかもしれない。この道具はこんなことのためにあるわけじゃない。俺たちは、憎しみを学ぶために島を出たんじゃない。俺は、外を見たかった。島の外をちゃんとこの目で見て知りたいと思った。だからここに来た。それなのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。
 なあ、それでもお前は許せって笑うのか? 
 ……許せるわけ、ないだろ! そんなこと、できるわけないだろ!
 だって……同じ、人間なんだぞ。俺たちは誰も手を上げなかった。向こうから一方的に撃ってきたんだ。あいつら……お前をモノみたいに引きずっていった。俺たちはフェストゥムじゃない。人間だ。それなのに。
 なんでだよぉ……。
 あいつら、お前がどんな思いでここに来たのか何も知らないくせに。
 お前がいつも口にしてた夢も、希望も、何も知らないくせに。
 なあ、広登。俺はあいつらが憎い。何もかもが憎くて仕方ない。俺の怒りも憎しみも、正しい。正しいはずだ。悪いのはあいつらだ。
 それなのに、なんでこんなに苦しいんだ。内臓を針でめちゃくちゃに突き刺されてるみたいだ。ファフナーに乗る痛みより、もっと、もっと。
 こんな思いを味わうくらいなら、島なんて出なけりゃ良かった。でも、全部なかったことにはできない。後戻りもできない。俺は、まだここにいるから。
 広登。お前がつなげようとしたもの、お前が見ようとした世界。お前のカメラで覗いたら見えるんだろうか。俺には何も見えない。真っ暗で、何が正しいのかもわからない。でも、それでもお前が必死に何かを外に伝えようとしてたことはわかるから。お前のやってたことを、俺が引き継ぐよ。
 総士先輩も、そうしたらいいって言ってくれた。記録することは、誰かに伝えることだからって。その誰かを信じるなら、それは必ず次に託されるからって。
 その意味が、俺にはまだよくわからない。でも、お前のカメラで、俺の目に映るものを撮り続けようと思う。
 お前が帰ってくるまで、俺が。
(続く)


《真昼のポラリス》

「さーさーのーはーさーらさらー」
 柔らかに高い子どもの歌声が響いている。音程は取れているのにどこかぎこちない。それがすこし微笑ましい。歌に合わせるように、子供の声より低く優しい声が小さく重なる。
「のーきーばーにゆーれーるー…ねえ、のきばって?」
 歌声がとぎれて質問になった。甲洋の視線の先で、少し伸びた亜麻色の髪を首の後ろで一つに束ねた毛先がひょこりと揺れる。小鳥のしっぽみたいだなと、皿を拭きながら甲洋は小さく笑った。
「ねえ、かずき。のきばってなに?」
「んーなんだろな」
 聞かれた一騎が自分も歌うのをやめて首をかしげた。顔を上げ、甲洋を見て尋ねる。
「なんだっけ、甲洋」
「そこで俺に振るんだ?」
「こういうの詳しいの、甲洋だろ」
「こうようだろ」
 一騎の向かいで、総士が一騎の口真似をした。こら、と一騎が小さく子どもを窘めるのを、甲洋は少しばかり呆れながら見守る。難しいことはどうせ甲洋に聞くことになるとわかっているのに、それでも何か不思議に思ったことがあると、総士は必ず最初に一騎に聞くのだった。
「はいはい。軒端っていうのは、軒の端ってこと。あまりこういう言い方はしないかな。ひさしの部分のことだよ。笹の葉は、普通は屋根の軒下に飾ることが多いからね」
「そっかあ」
 総士が神妙な顔でうなずく。本当に納得したのかどうかはあやしいものだが、なぜ一騎まで一緒になって頷いているのかは疑問だ。まさか本当に知らなかったのか。
 基本的に笹の葉は、庭先や玄関口などに飾るものだ。けれど、喫茶店では毎年店の中に飾っている。
「でも、中の方が雨にふられないよね? せっかくのおねがいごとが濡れちゃうもの」
 でもお星さまが見えないかなあ、と総士は首を傾げている。
 一騎と総士が座るテーブルの上には、たくさんの折り紙が散らばっている。二人は、喫茶楽園に飾る笹飾りを作っていた。七夕まであと一ヶ月。今年もあっという間に夏が来る。海神島の、夏が。
 ニヒトのコクピットから抱き上げられた赤子は、もう二歳になった。それはつまり、竜宮島がアルタイルミールとともに眠りにつき、自分たちが海神島に移ってから二年が経過したということでもある。かつての存在と同じように総士と名づけられた赤子はすくすくと成長して、活発な子どもに育っている。なんにでも興味を示し、何か気になることがあれば納得するまでそれに集中しする、探求心旺盛な子どもだった。今も、笹飾りを作るのに夢中になっている。
 ランチタイムの営業が終わったあと、美羽と楽園にやってきて折り紙を折り始めたのだが、美羽が真矢に連れられて帰ったあとも一人で折り紙を折っていた。こうしたらこんなものができるかもといった創作意欲を発揮し、喫茶店のテーブルの上は、もはやこれは本当に笹飾りなのか? と首を傾げたくなるような芸術作品であふれている。明日の仕込みが終わった一騎が、先ほどから総士と一緒になって折り紙を折っているが、総士ほどにはうまくいっていないようだった。違うよ! と突っ込まれては、一騎が吹き出すということを繰り返している。
「こうして、こうなの。ね!」
「はいはい」
 やりとりだけだと、どちらが大人なのかまったくわからない。
 壁にかかった時計を見て、甲洋は「一騎」と声をかけた。それに気づいて一騎もああと頷く。
「じゃあ、総士。俺はこれから用事だから」
「えええ、もういっちゃうの?」
「仕事なんだ。ごめんな」

(中略)

「わかった。いい子にしてる。だからねえ、かずき。行く前にぎゅうってして」
「いいよ」
 せいいっぱいの妥協と背のび。そして甘えを総士はすべて一騎にさらけ出す。一騎はおかしそうに、けれどふわりと笑んで膝をつき、両腕を広げる。そこに飛びついたそうしを一騎がぎゅうぎゅうに抱きしめてやると、子どもは苦しいといいながら、嬉しそうにきゃあと悲鳴を上げた。それは、どこから見ても仲の良い親子の様子だった。甲洋にとって、もはや見慣れた光景だった。



 一騎を見送ったあと、子どもは再び笹飾りづくりの作業に熱中しはじめた。一度集中すると、こちらからいくら声をかけても気づかない。自分たちも昔はこうだっただろうかと甲洋は思い返す。遠い夏。竜宮島で過ごした夏。
 あの島でも、夏になるとあちこちの家で笹の葉が飾られた。甲洋が過ごした場所でもだ。ただ、あの笹は甲洋の願いのためではなかったけれど。自分はあそこに何かを吊るしたことはあっただろうか。思い出せないということは、なかったということなのだろう。あるいは記憶するほどの願いを書くことがなかったのか。
 竜宮島と同じように、海を広く望める場所に作られた海神島の喫茶店の中では、かつての習慣を偲ばせるように壁に飾られた笹の葉がさらさらと揺れている。そこには、すでにいくつかの願いごとがつるされている。会計場所の横に願い事を書くための短冊が置かれていて、喫茶店を訪れた人が、自由に願い事を書けるようになっていた。
 去年に比べ、今年の短冊の数はぐっと増え、願う内容もたわいもないものになっている。つまり、それだけこの島とそこに暮らす人々の心が落ち着きつつあるということだった。
「総士は、もう願いごと書いたのか」
 折り紙と格闘する小さな背中に問いかけると、総士は首を横に振った。
「ううん、まだ」
「叶えてほしいことが見つからない?」
 重ねて尋ねた甲洋に、総士は折り紙を折っていた手を止めてうーんと唸ったあと、あのね、と甲洋を振り返った。子どものひどく真剣な面持ちに、甲洋は目を瞬かせる。総士は、まるで秘め事を明かすかのような口調で言った。
「叶えてほしいことはあるけど、でも神さまにお願いするんじゃなくて、自分で叶えたいから」
「……そっか」
 甲洋が返せたのはそれだけだった。
「総士は、強いな」
 もしも叶うなら、といったささやかで、けれど曖昧な願いをこの子どもは持っていないのだった。願いが叶うのをいつまでも待つことはしない。叶えるために自分から動く。そこにあるのは、掴むべきもの、探すべきものを、自分の目と、耳と、手足を使って確かめ、たどり着こうとする強靭な意志の萌芽だった。
 ――総士だな。
 甲洋はそう思った。以前の彼とは違う。けれどかつての彼の先にこの子どもはいる。



《或る老犬の追憶》
 最初にショコラに触れてくれたのは、ほっそりとした小さな手だった。
 プラントの搬送中、驚きと混乱でわけもわからないまま外に飛び出してしまい、そのままあてどもなく島の中をさ迷った末に、とうとう空腹に負けて蹲っているところを黒髪の少女に見つけてもらった。彼女は、まるで折れてしまいそうな手でショコラを抱きしめ、少し待っていてねと告げてそばを離れたあと、また戻ってきて餌をくれた。気づくと、少女の隣には別の少年がもう一人いて、それから二人でショコラの面倒を見てくれるようになった。
 そのころ、ショコラにはまだ名前がなかった。けれど、猫を飼っているという少女の代わりに、少年の方がショコラを家に連れて帰ることに決まった日、彼は腕に抱きかかえたショコラに、そっと囁くようにしてその名前をくれた。
 ――ショコラ、と。
(続く)



2019/06/23
楽園ミュートス#3 個人誌。EXOまでのあれこれな思いの詰め合わせ本。
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