WhirlWind

さんにんぐらし!!【サンプル】


《CONTENTS》

1.「ぼくとそうしとかずき」
※こそうし視点
とある日のこそうしの朝。こそうしと総士と一騎のことについて。
『ぼくは大きくなったら総士になるの?』
『いいや』

2.「チョッキンかみきり」
※こそうし視点
一騎の髪を切る総士と、それを眺めているこそうしの話。
「一騎……本当に丸刈りにするぞ」
「ならそれもいいかもな」
「一騎、かわいい」


3.「つちあそび」
※史彦のところにこそうしを迎えに行く総士の話。
「じゃあ、総士の手はどんな手なの?」

4.「おべんきょうびより」
※一騎視点。
こそうしがお勉強している話。※元ネタは監督の「こそうし記」
「がんばれ、そうし」
 ――お前のためなんだ……。


5.「やさしいゆめ」
※こそうし視点
ある晩、夜がこわくて眠れなくなったこそうしの話。
「じゃあ、今日は三人で寝るか」


以下、2と3と4のサンプルを少し。


《ぼくとそうしとかずき》

 ぼんやりとした意識の向こうから、トントントンとリズミカルな音が聞こえる。何かが木の板を叩く音だ。それが止んだと思う間もなく、ジュワッという賑やかな音もした。続くパタパタと響く軽い音。多分、スリッパだ。それからすぐに香ばしい匂いが鼻を掠めた。何かがグツグツと煮立っている。
 おいしそう…と思ったところで、パチリと意識が覚醒した。かけ布団をはねのけて、ひょこりと身体を起こす。枕もとの時計を見れば、七時にセットした目覚ましが鳴るより少し前。
 寝覚めはすっきりとしていた。目覚める直前まで、何か夢を見ていた気がするが、まるで思い出せない。でも、すごくしあわせな夢だった気がする。胸の奥がじんわりとあたたかい。
 春先の朝はまだ肌寒かったが、それに臆することなく布団の上からはい出し、自分が寝ている和室の窓のカーテンを大きく開けた。ついでに窓も開き、ひんやりした空気に身震いをしながら、空を見上げる。
「お天気!」
 それを確認すると、急いで着替えて部屋を飛び出した。
 廊下を小走りにかけて居間に向かい、続く台所でこちらに背を向けて料理をしている人物を見つけて声をかける。
「おはよう一騎!」
 鮮やかな黒髪が揺れ、右手にお玉を持ったままの一騎が振り返る。一瞬驚いたようにそうしを見つめると、二十歳そこそこの青年にしか見えない優しい顔立ちを緩ませてふわりと笑った。
「おはよう、そうし」
 この家で一番の早起きは一騎だ。寝つきがよく寝起きもいい。何せ、そうしに頼まれた本の読み聞かせをしているうちに、自分が先に眠ってしまうこともあるくらいだ。
 二番目と三番目はときどき入れ替わる。
「今日は僕が二番?」
 再び鍋に目を向けた一騎の隣に立ち、確認する。
「そうだよ。今日も一人で起きれたのか? そうしはえらいな」
 もちろん一人で起きられる。何せこの前六歳になったのだ。それでも一騎に褒められることは嬉しい。
 もっとも、自分が二番目であることを、そうしは居間に来る前から気づいていた。もう一人が先に起きていた場合は、かならずコーヒーの香ばしい匂いが漂っているのだけれど、今日はそれがない。焼き魚の香りと、あとは一騎が前にする鍋から立ち上る、味噌の香りだけだ。
「今日は何のおみそ汁?」
 鍋の火を止めて味噌を溶かしている一騎の手もとを覗き込む。
「玉ねぎとじゃがいも」
「やったあ!」
 ほくほくとしたじゃがいもと、きれいに透き通ったやわらかい玉ねぎの入った甘みのある味噌汁が、そうしは一番大好きだった。その次は油揚げと豆腐の味噌汁だ。
 味噌汁が出来上がれば、朝ごはんは完成だ。ちゃぶ台の上には、焼いたサバの塩こうじ漬けや、葱を入れただし巻き卵、菜の花のおひたしなどが並んでいる。この家の朝食は、だいたいが和食だ。見ていたらお腹が空いてきた。早く食べたくて仕方がない。だが、まだ食べるわけにはいかない。何せ家族が全員そろっていないのだ。
「ねえ、起こしに行った方がいいかなあ?」
「もう起きてくるだろ」
 一騎とそんな会話をかわしながら、そうしは人数分のお箸を食器棚の引き出しから取り出して、ちゃぶ台の上に並べていく。これは食事のときのそうしの役目だ。横にまっすぐ、歪むことなく並んだのを確認したところで、この家の最後の住人が居間に入ってきた。
「総士、おはよう!」
 そうしが声をかけると、かすれ気味の低い声がおはようと返ってくる。普段の声より数段低い。朝はいつものことだ。寝間着から着替えてはいるが、まだ眠たそうで、そうしと同じ亜麻色をした長い髪はいつものように背中で一つに結わえてはいるが、あちこち跳ねてボサボサだ。メガネの奥の眼を、眩しそうに何度も瞬かせている。これも毎朝のことだ。
「今日は、総士がビリ!」
 念押しのように言うと、そうみたいだなと苦笑しながら、そうしの頭をくしゃりとかき回し、総士は自分の席に腰を下ろした。動きが鈍い。
 味噌汁の入った人数分のお椀を乗せたお盆を持ってきた一騎が、総士の様子を見て苦笑する。
「おはよ。コーヒー飲むか?」
「頼む……」
「了解」
 味噌汁をちゃぶ台に置くと、すぐに一騎はコーヒーの準備を始めた。そうしは炊飯器の前に行き、炊き立ての白ご飯を茶碗によそう。ちゃんと三人分。これもそうしの仕事だ。ちなみに片づけは総士がやることになる。そんな風に役割分担が決まっていた。
 この家は、総士と一騎とそうしの三人暮らしだ。そうしが生まれた時に、三人で住みはじめたらしい。だから、そうしは物ごころがついたころから、ずっとこの家で暮らしている。
 三人分の洗濯物と布団を干して、その横でそうしが走り回っても大丈夫なくらいの大きさの庭と、十畳の居間と台所、それから六畳の和室が二つと小さな洋室が一つある平屋建ての和式建築だ。玄関は引き戸で、すぐ目の前は急な階段。坂の下の方に目を向けると、そこにはきらきらと水面を輝かせる海と対岸の島が見える。庭からも垣根越しに海が見えるが、階段から見下ろす景色が、一番美しかった。
 一騎がコーヒーを用意したところで、全員がちゃぶ台の前に揃う。総士の左側に一騎、右側にそうしが座る。いただきますと手を合わせていつもの朝食が始まった。


《チョッキンかみきり》

 チョキン、チョキン。
 ゆっくりと、けれど途切れることなく音が響く。鋼が擦れ、噛み合う音だ。繋がっていたものを、二つに断ち切る音だ。それは潔く、そして心地が良い。メトロノームのように規則正しく紡がれる。一つ音色が響くたびに、パラパラと落ちるものが床に敷いた新聞紙にぶつかって乾いた音を立てる。
 その音色に耳を傾けながら、そうしは座布団の上で膝を抱え込んで座り、目の前の光景をじいっと眺めていた。
 縁側と庭に続く大窓を開け放し、陽の光をめいっぱい取り入れた窓辺で、一騎がスツールに腰かけている。首には手元まで隠れるほどの白い大きな布を巻いていた。そしてその一騎の後ろに総士が立ち、定規を構えながら、険しい顔で慎重に一騎の髪の毛を切っているのだった。
 総士による一騎の散髪が始まって、すでにかれこれ五十分は経過している。そしてハサミを手にした総士の周りには、ものすごい緊張感が漂っていた。一つでも音を立てようものなら、意識が逸れて大惨事になりかねないとでもいうような、ピリリとした空気だ。これだけの集中力を途切れさせないところは、さすがとしかいえない。まさに真剣勝負だ。だから見守るそうしも座布団の上から動かず、膝を抱えた手も勝手に動いて何かいたずらをすることがないようにぎゅっと力を入れている。散髪が終わるまで、あるいはもういいという合図があるまでは、絶対に喋って邪魔をしないぞという覚悟で観察をしていた。ごくりと唾を飲み込む音さえ、やたらと大きく響く。
 もっとも、息をするのにも慎重になるほどの緊張感を感じているのは総士とそうしだけのようで、一騎といえば、穏やかに瞼を下ろし、口元には笑みさえ浮かべている。一見して、居眠りをしているようでさえある。まるで対極の二人の様子は、そのまま総士と一騎の性格や在り方そのものにも映った。
 昼下がりの太陽の光が、そんな二人を柔らかく包んで、優しい金色で縁どっている。それがすこし眩しくて、そうしは目をパチパチさせた。
 チョキンとまた音がする。総士が一騎の髪の毛に慎重にハサミを入れる様子は、どこか儀式めいてもいる。とても大切で、とても重要な。
 実際、総士はいつも自分で一騎の髪の毛を切る。前髪ならひと月に一度、後ろ髪も含めてとなると、大体半年に一度くらいの割合だ。一騎の後ろ髪が伸びて、肩に届きそうなくらいになると、そろそろ髪を切ったらいいんじゃないかと話を持ち出す。
 一騎は毎回、前髪くらい自分で切るのにとか、鏑木さんとこに行くよと口にするのだが、総士は絶対に譲らない。なんでも、「僕が一番一騎の髪の毛のことをわかっている」ということだった。
 それになんだかんだと、一騎自身も総士に髪を切ってもらうことを喜んでいるのを、そうしはちゃんと知っているのだった。



《つちあそび》

 総士が仕事を終えて帰ると、家には一騎一人だった。いつも一騎と一緒に玄関まで賑やかに走ってくる、小さな足音とおかえりの声がない。
「おつかれ、総士」
「そうしはどうしたんだ?」
 迎えに出てきた一騎に持っていた鞄を預けながら尋ねると、「父さんのとこ」と返ってきた。
 総士が研究室で、そして一騎が喫茶楽園で仕事をしている間、そうしは楽園のすみっこで過ごしていることもあるし、遠見家や真壁家の世話になっていたりもする。この前は、操や美羽とひとり山まで遊びに行っていたし、西尾商店で行美や里奈と店番をしていたこともあった。今日は、真壁家で、一騎の父親である真壁史彦と過ごしていてまだ帰っていないらしい。
 小さな島は、暮らす住人のほとんどが顔見知りだ。総士や一騎が手が回らないときは、周りが当たり前のように手助けをしてくれる。島に生まれる子供は、島に暮らすみんなの子供。自分たちも、幼いころはそうやって見守られ、育てられてきた。
「今日は一緒に楽園に行ったんじゃなかったのか」
「そのつもりだったんだけどさ、この前父さんと一緒に作ったやつの焼成が終わって窯出しするっていう電話があったから、大興奮で見に行った」
 それはものすごい喜びようであったらしい。その様子を思い出したのか、一騎はくくっと笑った。
 史彦は器屋を営んでおり、二階建ての住居の一階が工房と店舗になっている。もとは一騎の母親が陶芸を始めたものらしい。一騎の母が亡くなったあとも、史彦はその仕事を引き継いだ。まともな器が作れるまでにかなりの試行錯誤があったそうだが、今では島の住人たちが日常に寄り添う必要な存在だ。総士たちが普段食事に使っている器も、そのほとんど史彦の手によるものだ。
 器屋ではガス釜を使っていて、釜焚きが始まると、一階の壁の側面から突き出て空へと伸びる銀色の煙突から、白い煙が静かに上っていくのが見えるのだった。
 一騎もときどき実家に戻って、土を採りにいったり、ろくろを回したりしている。何か考えごとがあって思考がまとまらないときに、土に触れて捏ねていると、こんがらがっていたものが不思議とまとまって形になるのだという。もちろんそうでないときもあって、そういうときはどんなに土と対話しても全然ダメ、ということだった。心のありようがすべて土に表れるのだと一騎は言っていた。
『土は、自分の心のかたちを教えてくれる』
 歪みもまたひとつの答えということらしい。
 とにかくまずは触れてみろ、というのが真壁家に受け継がれるモットーだ。その影響を受けたのか、単に好奇心が勝ったのか、庭でよく土をいじって遊んでいたそうしは、真壁家の器作りに興味を示すようになった。土が水を含んで粘土になり、それが人の両手で形を成していく過程を、目をきらめかせながらすごいとはしゃいだ。
 電動ろくろは難しいので、史彦に抱きかかえられながら触れる程度だが、手ひねりで茶碗のようなものや、土人形をこしらえたりしているらしい。そうやってあれこれ作ったものをいよいよ焼くと聞いたそうしは、釜出しの日を今か今かと待っていたのだった。


(続く)


2018/01/31 pixiv up
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