なみだのりゆう


 わあわあと、子どもが泣いている。
 ちいさな拳をぎゅっと握りしめ、頼りない両脚で海辺の砂を踏みしめながら、顔を上げて泣いていた。頭の上には今日も真っ青な空と箒で掃いたような雲が浮かんでいるけれど、大粒の涙をあとからあとからボロボロ落とす大きな灰色の瞳にはちっとも映っていないだろう。
 一度火がついたように泣き出すとなかなか泣きやまない子だ。理由はあったりなかったりする。どちらもこの子にとっては切実だ。今も「どうした総士」と問いかけたけれど、わかんないもんとグシャグシャの声が返ってきた。
 しゃくり上げながら棒立ちで泣くのがさすがに痛ましくて、両腕で抱き上げようとすれば、それより先にぶつかるように腰に抱きつかれた。涙と鼻水でドロドロの顔を腹に押しつけられ、ジワリとシャツに滲んだ感触に思わずうわあと声がもれる。
 総士、と名前を呼んで、柔らかな亜麻色の髪に指を差しこんで梳くように撫でると、爆発させた感情で体温が上がっているせいか、じっとりと汗ばんでいた。抱きつかれている部分もポッポと熱い。子どもは泣き声こそ潜めたものの、あいかわらず一騎の腹に顔を埋めてグスグスと泣いている。このままじゃ抱いて帰ることもできないし、座ることもできない。まいったなあと思っていると、なんでというくぐもった涙声が腹ごしに響いた。

「総士?」
「なんでっ、一騎はなかないのっ!!!」

 思わず呆気にとられて見下ろせば、泣きはらして真っ赤になった子どもの顔が必死に一騎を見上げていた。

「なんでっ!!!!」

駄々をこねるように叫び、子どもはもう一度一騎にしがみつく。そして再び声を上げて泣き出した。ああ、そうかと思う。

――そうか。


空の下で泣いているこの子どもがただただいとおしかった。

――総士。

 俺は泣けないし、たぶんこれからも泣かない。泣くことはできない。
 俺はお前じゃないし、お前はあいつじゃない。
 ああ、でも総士。……なあ、総士。

 今お前が流すその涙は、きっといつかの俺の……俺たちの涙だった。


2019/10/03 up
文庫ページメーカーより再録(09/01)
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