声変わり


 変化は不意に訪れました。
 ある時から声がかすれて出にくくなり、話す言葉が割れて聞こえるようになりました。
 最初は風邪でも引いたのかと首を傾げ、三日ほど過ぎてどうも違うようだと気づきました。まるで自分じゃないような低くしゃがれた声。違和感は一週間ほど続き、ある朝不意に治まりました。
 喉に何かつかえたような感覚からやっと解放され、僕は嬉しくなって寝間着のまま自分の部屋を飛び出しました。そして今ごろ台所にいるだろう僕の家族に呼びかけました。

「一騎!」

 そのときのことを、僕は一生忘れはしないでしょう。
 弾かれるように振り返った一騎の、……僕の育て親の顔を。
 大きく見開かれた瞳。期待と失望が入り混じったその表情を。泣き出すのではと思うほどにくしゃりと歪んだのはきっとほんの一瞬だった。けれど、僕には永遠のように感じられた。「僕」を見つめた一騎は、まるで何事もなかったように、すぐに「おはよう」と笑って言いました。

「おはよう、総士」

 そのやるせないほどの優しい声を、僕はこの先も忘れることはないでしょう。
 ずっとずっと、ずっと。


2018/08/05 up
文庫ページメーカーより再録(09/01)
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