生まれた君に


 僕には、誕生日が二つある。
 一つはこの身体が人工子宮の外に出され、親である人、あるいは親ではない他の誰かの手によって抱かれた日。
 もう一つは、僕が僕となった日。僕という個が生まれた日。
 あのときから、後者の方が僕にとっては肉体の誕生を祝われることよりも、ずっと大切なものになった。
 島にとっても、そして一騎にとっても忌まわしい記録でしかない日。これまでもこれからも、およそ誰に祝われることもありえないこの日に、左目を縦断する歪な傷痕を撫でながらおめでとうと自分に告げるのが、僕にとっての本当の「誕生日」だった。
 本来の誕生日は、むしろ憂鬱なばかりだった。
 その時期は学校が冬休みに入るため、クラスメイトに祝いの言葉を大っぴらにかけられることがないのはむしろ幸運だった。
 父と蔵前、先輩たち、そしてアルヴィスにいる大人たちから贈られる声にさえ、僕はどんな顔で、言葉で返せばいいのか分からなかったからだ。
 誕生の日付を確認し、また一つ年齢を重ねたことを知るたびに、自分の負うべき役割、未熟さを突きつけられるようだった。データに記される生年月日と年齢に、大人には遠く、さりとて子どもとしての立場に甘んじることの許されない僕という存在の中途半端さを思い知らされた。ならば、いっそそんなものは忘れようと決めた。重要なのは僕が僕であること。左目の傷が証明してくれる真実。僕はそれさえあればいい。この身体が生まれた日に意味などない。
 そう、思っていたのだけれど。

「「お誕生日、おめでとうございますー!!」」

「…クリスマス会だと聞いてきたんだが」

 賑やかなクラッカーの音と祝いの合唱に呆気にとられて口に出せば、ホールケーキを抱えた一騎が笑いながら言った。

「一緒にするのもどうかって思ったんだけど、全員で集まれるのこの日だし、みんなやりたいって言ったから」

 目の間に用意されたすべてが僕のためだけに向けられたものなのだと納得するのには、ほんの少し時間がかかった。今日という日、歳を重ねたことを、背伸びをする必要もなく、あるがまま肯定されていること、当たり前のように祝福されているということ。かつて成長を義務のように捉えていた。

「どうしたんだ?」

 いつまでも動かない僕を見て、一騎が首をかしげる。
 イチゴをこれでもかと並べたケーキの真ん中に、チョコレートで作ったプレートが飾られている。そこに「おめでとう」の言葉と、「十七歳」という数字を見つけて、言葉が詰まった。
 ずっと、そんな資格などないと思っていた。それでいいのだと思っていた。もう違う。
 僕は戻ってきた。一騎は待ち続けてくれた。仲間たちは喜んでくれた。
 この命は、望まれて在る。だから誇っていい。また一つ成長を重ねられることを喜んでいいのだ。僕は、ここにいる。
 仲間たちから受けたおめでとうの言葉を抱きしめるようにして噛みしめながら、僕は昔の僕へとその言葉を贈った。

――おめでとう。

 あの日の僕が驚いたように瞳を開き、傍らから僕の顔を見上げる。そっと頷いてみせると、花が綻ぶように笑い、小さな僕がみんなのいる場所へと駆けだしていく。その後ろ姿を追うように、僕もまた仲間たちの輪の中への一歩を踏みだした。


2019/12/27 up
文庫ページメーカーより再録(09/01)
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