I was born
今生をもって君に繋ぐ
どうか、その生に祝福を
命よ、在れ
いのちと、あれ
おめでとうと言われて、ただわけもわからずはしゃいでいた。
なぜ一つ歳を重ねることが、こんなにも祝われるものなのか、僕はまるでわかっていなかった。ただいろいろな贈り物をもらって、たくさんの人に優しい言葉をかけられて、自分のためだけに作られたおいしい食事とケーキを食べられるから、この日は特別だった。だから好きだった。
腕からこぼれ落ちそうなほどのプレゼントを抱えて家路をたどりながら、僕は僕が生まれた日のことについて考えていた。
同時に、木枯らしが吹きはじめた身が竦むような寒さの中、白い息が僕の口から生まれては霞んで消えていく様子に心奪われていた。
そして突然、父の――そう父だった――の手を繋いで僕は不意に天啓のような閃きに叫んだのだ。
「そっか…! 生まれる……僕は生まれたんだ! 受動態だね?」
つい先日、とある詩集で読んだ内容が頭の中で結びつき、僕ははしゃいだ声を上げた。
「僕は自分の意思でここに存在しているわけじゃないんだ…! みんな生まれさせられる。自分じゃない誰かの意思で。そういうことでしょう?」
僕は自分の気づきに興奮し、それが真実どういうことを指しているのか、ましてそれが僕自身の生まれとどう関係しているのかなどに考えが及ぶはずもなかった。
そして父は……ああ、僕はどうしてかそのときの父の顔が思い出せないのだ。僕には父と母がいて、妹がいて、けれどあの時僕は確かに父と二人きりで右手を繋いでいた。
ほんの一瞬息を飲んだ父が、その後笑ったのかそうでないのか、その顔立ちも表情も、まるで思い出せはしないのだ。ただ頭にそっと置かれた大きな手の、その仕草と温度が優しかっただけで。ひどく、優しかっただけで。
そして今、僕の前にそびえ立つ巨大な紫紺の怪物。
ああ、ああ、僕はついにお前の|胎《はら》に帰ってきた。僕が生まれ落ちた場所。
――マークニヒト。僕はお前を知っている。
今度こそ頭を下に身体を丸めて怪物の子宮のうちに微睡み、僕は、僕だけの竜の夢を手にするのだ。……僕の、意思で。
それは痛みだ。苦しみだ。
僕はこの胎に繰り返し還り、生まれ出るたび味わう、呼気を塞がれ全身を無数の針で突き通される痛みを今こそ受け入れるのだ。
僕は生まれた。ゆえに生きる。それが受け身によらずして選ぶ僕の、
2018/11/23 up
文庫ページメーカーより再録(09/01)
吉野弘「I was born」より。