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Achilles
【サンプル】


――即ち、アキレスを知る為にはアキレスの踵を知らなければならぬ。

芥川龍之介





――その海には、亡霊が出るという。

 最初、少年はそれを島の影だと思った。
 父の船で沖合に出て、漁を手伝った晩のことだった。親子のそれは密漁だった。現在、民間人が私的に漁船を出すことは禁じられている。新国連の管轄下にある海域において、公的な許可を得た船しか漁を行うことはできない。だが、今親子がいるのは許可されていない海域であった。

(中略)

「北大西洋バミューダ海域の哨戒船より通達です。付近を航行中の漁船から報告があり、船員がファフナーのような機体を見かけたと」
 報告を受けた男は、ふぅむと唸って宛がわれた椅子に深く背中を預けた。
「漁船ねえ……あの海域での漁は許可されていないはずなんだがな。まったく仕方のないやつらだ。命があるだけありがたいだろうに」
 上司のぼやきに、報告した部下は一瞬苦虫をかみつぶしたような顔をした。確か彼は民間上がりの軍人だったか。日々の生活に困窮する民衆の事情をよく知っているのだろう。
「それも問題ですが所属不明のファフナーを見かけたことの方が深刻です。追跡しますか」
 いらん、と男は一言で切って捨てた。



 ――そして、機体は《英雄》の名を持つ。

「敵に奪われた皆城総士の捜索および奪還作戦を遂行するため、マークツヴァイ改グリムリーパーに代わる機体としてマークツェーン改を真壁一騎の新たな器とする」
 重々しく告げられたアルヴィス総司令たる真壁史彦の決定を、その場にいる全員が無言で承諾した。ほかに選択肢がないことを誰もが理解していた。機体の搭乗者となる当人は、今この場にはいない。空母ボレアリオスで眠りについている。その事情もまた、みなが把握しているところであった。史彦はほんの一瞬表情を歪めたものの、続けて宣言した。

「機体のコードネームは、――アキレス」

(中略)

「保は、機体の名前が不満かい」
 行美の声に、保は俯いていた顔を上げた。会議でつい洩らした声を、きっと気に留めてくれていたのだろう。
「……正直、俺はぞっとしませんね。数字で機体を識別していたころは、まだ戦闘兵器だと割り切れた。子供たちには機体と一体化することを要求しながら、俺たちはそれでもファフナーを道具だと考えていたんでしょう。でも、最近はファフナーがいよいよ生き物のように思えてきています。ザインやニヒトのように。名前を持つとはそういうことでしょう。アキレスの名を冠される機体も同じだ」




全体は本文で。



2020/02/16
楽園ミュートス#4 ファフナービヨンド本。モブ視点を含む掌編3編。機体「アキレス」まつわるお話。妄想を多分に含みます。要注意。
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